フリリク企画 | ナノ
夜明けのコーヒー#5


高校を卒業して数ヶ月、つまりはつきあい始めてから数ヶ月。

手を繋ぐのは、大分慣れてきた。少なくとも、高校生だった頃みたいに「手を繋がない主義だ」なんて、苦し紛れにしてもあんまりな理由で彼女の手を突っぱねたりすることはなくなった。

キスは、まだ幾分緊張を伴う。そうしてただ触れ合うだけの幼気なものが多い。あの卒業式の日、灯台で交わしたときのように淡いキス。

一度だけ、春に瑛の部屋であかりが引っ越しの手伝いをしていたときに交わしたキスだけが他と異なっていた。部屋に二人きりだったこともあって、歯止めがきかなくなった。

あのとき、あかりがコーヒーカップを落としていなかったらどうなっていたのだろうと考えて瑛はドツボにはまりそうになる。どうなるもこうなるも、行き着く先なんて一つだけだ。でも、それはまだ早いような気がしている。そうやってためらい続けてもう数ヶ月経つ。

――焦る必要はない、ゆっくり慣れていけばいいんだ、新しい関係に。そう自分に言い聞かせて、機を見ている。

大丈夫、焦らなくても自分たちは恋人らしいことをしている。大学の講義に、資格の勉強、それからアルバイト、忙しい日々の合間にも一緒に過ごせるときはなるべく一緒に過ごしているし、部屋で会えば膝枕だってするし、それ以外のこそばゆい、バカップルっぽいことだって、するし。

でも、どういう訳だか根本的に高校生の頃と変わっていない気がしている。休日に部屋か、どこか外で会うのも、こそばゆいバカップルっぽいことをするのも。そりゃあ、膝枕は、ちょっと大分かなり抵抗があるというか、勿体ない気がしたから、あの頃は遠慮していたけど。

けれど基本的に、高校を卒業して付き合うようになったというのに、自分たちの関係が変わったような気がしなかった。高校の頃と同じで、ただあかりの無邪気な態度に翻弄されているだけな気がするのだ。

あの頃、あまりにも無邪気にスキンシップしてくるあかりを一体何度たしなめたことか。当時はあかりの気持ちをはかれなくて戸惑っていた。こんな風に無邪気に触れてくるのはきっと、あかりがお子様だからなんだ、そんな風に思っていた。

――それじゃあ、今は? 外で会った帰り道、部屋で一緒に過ごすとき、あかりと二人きりで過ごすとき、そんな疑問が瑛の頭をかすめる。今のあかりはお子様なのか? 卒業式の日、告白をして、告白を受け入れられて。そうして付き合うようになった今、あかりはまだあの頃みたいに無邪気なお子様だと言えるのか。

それは違うだろう、と思う。だって、告白したし。あかりだって受け入れてくれたし。つまりは向こうだって自分のことが好きなんだろうと思う。でも、同時に不安が頭をもたげる。

あかりの“好き”は自分と同じものなのだろうか。どうしたって自分の好意が大きすぎるんじゃないか。それをそのままあの少女に向けても構わないのか。

あの頃みたいに無邪気にふるまう少女の笑顔を見るに、瑛はその不安めいた疑問を晴らせないでいる。つまりは、突飛な行為に出て嫌われたくないのだ。

そんな内心の葛藤に雁字搦めになってどうしようもなくなった夏、瑛はそれとなく鎌をかけてみることにした。

大学前期の講義も済んで、試験とレポートの山から解放されてあかりと自室で昼食を取っていた日のこと。
パイナップル入りの焼きそば――トロピカル焼きそば、だ――を頬張りながらあかりが訊いてきた。

「瑛くんの夏休みの予定は?」

食べ物を詰め込んで頬が丸くなっていて、すごく小動物っぽい。ひまわりの種を詰め込んだハムスターとか、ドングリを頬張ったリスとか、そういう小動物をすごく彷彿とさせる。丸くなった頬をつついてやりたいという欲求を焼きそばといっしょに飲み込んで瑛は簡潔に答えた。

「バイト」
「だよね」

あかりは、うんうんと頷いて「わたしもだよ〜」とニコニコ笑っている。大学の長期休みなんてそんなものだ。バイトの入れ時というか、稼ぎ時。
グラスに注いだアイスコーヒーに口をつける。それはさておき、と瑛は続けた。ほおづえをついたまま、なるべく何でもない風を装って声をかける。

「あのさ」
「うん?」
「夏休み、暇があいたときさ」
「うんうん」
「その、ウチに来いよ」
「うん!」
「……泊まりで」
「えっ」

あかりが驚いたように顔を上げた。食べかけの焼きそばを箸で掴んだまま。純粋無垢な小動物にも似た黒目がちな瞳に正面から見上げられて瑛は思わず伏し目がちになった。

「ここに、お泊まり?」
「……そう」

ほおづえをついたまま、平静を装っているものの、内心は耳の奥で心臓が鳴っているみたいに緊張していた。

「うん! 瑛くんと見たい映画があったの。持ってくるね!」

あかりが笑顔で言う。断られなかったことに安堵しながら、あかりの台詞を頭の中で反芻する。

「映画?」
「うんあのね、友達オススメの映画でね、霧に包まれてゴーストタウンになった街が舞台の――」
「ホラー系かよ!」
「うん、暑い夏にぴったりのやつだよ!」
「おまえさあ、俺がホラー系苦手だって知ってるよな?」
「苦手を克服するのも大事なんだよ」
「いやまあその意見は否定しないけど……」

だからってホラー映画はないだろ。

「お願い! ひとりで観るのは怖いから瑛くんと一緒に観たいの!」

内心全く全然乗り気にはなれなかったものの、合わせた両手を顔の前に持ってきて上目遣いに見上げられたりしたら、弱い。――色仕掛けは、ずるい。

「……良いけど」
「やったぁ!」
「ま、観てる暇があればな」
「え?」
「や、こっちの話」

きょとんとした顔をしている彼女の反応は予想の範囲内ではあるけれど。
とりあえず、第一歩、だ。



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