フリリク企画 | ナノ
さんかくのかたち-2-


こうして四人掛けの席に座って、向かい側の彼女の隣りの席は今日も空いている。そういう暗黙の了解が出来ていたけど、それも今日までみたいだ。彼女の隣りに誰かが立った。


「海野くん、そ、それは……」
「あ、氷上くん、こんにちは」
「まさか、学食の新メニューの……」
「うん、“冷麺バーガー”だよ」
「しまった! リサーチ不足だった……もう発売していたなんて……!」


氷上くんは、海野さんと佐伯くんと同じ高校、はね学の元生徒会長で、卒業後、僕らと同じ一流大学に進学したらしい。例によって、みんな学部はバラバラだ。


「氷上くんも興味があったの? “冷麺バーガー”」
「もちろんだよ! 学食の新メニューはいつも把握してるつもりだったんだ……なのに、今回は出遅れてしまった……」
「意外だな。君、あんまりこういうことに頓着しなさそうなのに」
「ああ、確かに君が言う通り、元々はそうだったよ。だけど、若王子先生が流行に敏感でね、先生の話題についていきたいこともあって、僕もなるべく流行ものをチェックするようになったんだ」
「“冷麺バーガー”はゼッタイ、流行ものじゃないだろ……」
「いやいや、一部では話題沸騰だったよ。あの噛み応えのある冷麺をバンズに挟み込む蛮勇とも取れる組み合わせ、それはまさにバーガー界の革命……おっと、いけない。僕も冷麺バーガーを買いに行くよ!」
「あっ、わたしも、飲み物買ってこようかな」


氷上くんの後を追うように海野さんも立ちあがった。眉を下げて、笑顔で弁明するように言う。


「辛くてのどが乾いちゃった」
「あれくらいの辛さで音を上げるなんて、まだまだだな」
「そんなことないもん!」
「そんなことあるだろ」
「もう!」


財布を握り締めて海野さんは売店へ向かった。背中を見ていても、分かる。怒っている。
隣りの席でゴムみたいに手ごわいバーガーをつついている佐伯くんに声をかける。


「……僕も人のことは言えないけど」
「ん?」
「君って一言多いよね」
「……おまえが言うのかよ」
「だから、人のことは言えないけどって言っただろ」


本当に人のことは言えない。僕も普段、友達から一言多いと言われるのだから。ただ……。


「ただ、君の場合、海野さん限定だよね」
「…………」


佐伯くんはバーガーを置くと、難しい顔をして僕を見た。手に負えないバーガーのせいだけのためにそんな顔をしているとは思えない。


「……思うんだけど」
「……何だよ」
「佐伯くんは、どうして彼女のことを懐かしそうに見つめるんだろう?」


何とも言えない顔で見つめ返してくる佐伯くんの代わりに口を開く。


「分かるよ。ずっと見てるからね」
「…………」


少し考えて、付け加える。


「彼女を、という話だけど」
「当たり前だろ!」


視線の先には、氷上くんの隣りに並ぶ海野さんの背中があった。もう怒っているようには見えない。和やかに楽しそうに二人で何か話しているように見える。屈託のない笑顔だ。


「思うんだけど、さ」
「……何」
「海野さんって、のほほんとしてるよね」
「は?」
「知らなかったよ。僕の前では結構、頑固で意地っ張りな面ばかりだったから」
「…………」
「だから、君とか……氷上くんとか、他の友達と一緒にいる海野さんを見て、少し驚いた。あの子、天然だね」
「まあ、否定はしない」
「それで、思ったんだけど」
「何」
「普段、あんなにのほほんとした穏やかな子なのに、僕らは彼女を怒らせてしまうよね。余計な一言のせいで」
「…………」
「考えてみたことはない? 本当なら、彼女にはもっと彼女の性格に合った“誰か”がいるんじゃないかって。彼女を無駄に怒らせたり悲しませたりしない、他の誰かが」


言い切って口をつぐむ。長い沈黙の後、佐伯くんが口を開いた。


「……思わない」


静かな口調ではあったけど、意外なほど強い意志のこもった声だった。


「思わないね。…………あいつはもう忘れてるだろうけど、俺は憶えてるから、そうは思わない」


後半は相手に言って聞かせるというより、まるで自分に向けて言っているみたいな小さい声だったけど、それは否定の言葉だった。


「……へえ、奇遇だね。僕もだよ」


佐伯くんが伏せていた目を上げた。片目を眇めて僕を見る。僕はと言うと、笑顔で答える。


「悪いけど、僕も全然そうは思えないんだ」
「…………つまり」


佐伯くんが首筋をさする。呆れたように言う。


「これは宣戦布告か?」
「まあ、そういうことだね」
「…………おまえ、性質が悪いぞ」
「それはこっちの台詞だよ」


奇妙な三つ巴関係だったと思う。
偶然に偶然が重なって何度も彼女と出会い、知りあって、またこうして大学で再会することが出来た。一目惚れだった。彼女には打ち明けていないけど、本当のことだ。一目で好きになったんだ。
そういう訳で、僕は佐伯くんのスタンスが気に食わない。親友ポジション。友達の立ち位置、というのは、居心地が良いのかもしれない。隣りにいて、一番傍にいて、“そういう関係”ではないのだから、振られることもない。でも、ステージが違う。


「で、僕は宣戦布告した訳だけど……君は買うの?」


佐伯くんは嫌悪感もあらわに吐き捨てる。


「……こっちが勝手に勝ち負けで決めるものじゃないだろ」
「まあね。誰の手を取るのか、決めるのは彼女だ。だから、これは僕たちの話だ。君がいつまでも親友のポジションにいるなら、僕はもう遠慮するつもりはない」
「…………」



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