フリリク企画 | ナノ
のぼせる-4-






――うんまあそりゃあ、のぼせてたら顔も赤くなるし体も熱くなるよな、そうだよな、そうだよ、それしかないよな、それしかないじゃん当たり前じゃん。……そんな風に言い聞かせながら、何で凹んでるんだ。一人だけ突っ走ったみたいで恥かしいからだよ勿論。今なら顔から湯気でも出せそうな気がする。


あかり用に新しく作った冷たいおしぼりを軽く頬に当てる。冷たくてひんやりとした感触が気持ちいい。でも、それで体に籠った熱まで下がることはなくて、寧ろまだくすぶっているようだった。……あかりはどうだろう。


もう一度、おしぼりを冷水で冷やして持って行く。あかりはソファの上で横になって休んでいる。あの後、大急ぎで湯船から上がって休ませた。服は勿論自分で来てもらった。額に濡れタオルを乗せていて目元が見えなかった。目を閉じているのかもしれない。一応、声をかけてみる。


「新しいおしぼり、持ってきたけど」
「…………ありがとう、瑛くん」

だるそうな、緩慢な仕草で目元のおしぼりを退ける。顔はもう赤くないけど、もう熱は引いたのだろうか。冷えたおしぼりを目元に当てると「気持ちいい」とため息をつくみたいに言った。それから「ごめんね」と謝られた。目元を覆っていた白い布を少しずらして、黒目がちで見上げられた。


「迷惑かけちゃって、ごめんね」


謝られて、胸が詰まった。俺も口を開く。


「…………俺も、ごめん」


そもそも俺が暴走したのが悪い。滅多にない状況に箍が外れた。でも、こんな風にソファの上で横になって弱っている姿を見たら、堪らない気持ちになった。さっきネットで少し調べたけど、のぼせるのだって、ひどければ大変なことになる。熱に浮かされて、それであかりを危険な目に合わせるなんて、最低だ。


ひんやりした指先がこめかみに触れた。冷えたおしぼりで冷やされたのか、冷たい指の感触が気持ちよかった。白いタオル越しに柔らかく細めた目と目が合った。こめかみに触れていた手が額に触れる。親指の腹で何故か眉間を揉まれた。


「……何だよ」
「瑛くん、眉間の皺、ひどいよ」


――戻んなくなっちゃうよ。そのまま親指で眉間を撫でるように揉まれた。……何かむずむずするというか、くすぐったい。手首を掴む。黒目がちな目が瞬く。多分、今もまだ眉間に皺が寄ってる。あかりの視線が眉間に集中してる気がする。息を詰めて、吐き出すようにして訊いた。


「……熱、下がった?」
「うん、大分楽になったよ」
「そっか……」


でもまだ休んでいた方がいいよな。体力も消耗してるだろうし。


「今、何か冷たいもの持ってくるから。何飲みたい?」


言いながら腰を上げかけた。中途半端に立ちあがったところで抵抗を感じた。見下ろすと、小さな手が袖を引いていた。くいくい、と更に引かれる。「何?」もう一度腰を下ろす。何か言いたげにしているから、心持ち体を傾けて耳を澄ませた。


「瑛くん、あのね……」
「うん?」
「……さっき、恥かしかったけど…………でも、イヤじゃなかった、よ」


思わず顔を離してあかりの顔をまじまじと見つめた。小動物めいた黒目がちな二つの目が見上げている。


「瑛くん、眉間の皺、ひどいよ」
「おまえのせいだろ。不可抗力だよ」
「顔も赤いよ?」
「だから、おまえのせい……つーか、な」


手を伸ばしてあかりの頬に手のひらを添わせた。


「おまえも、真っ赤」
「……瑛くんのせいだよ」


拗ねたような言い方があんまりかわいくて、本当はダメだと思ったけど、またキスしてしまった。唇を離して息をつくと、目の前の、閉じた瞼がゆっくりと持ちあがった。睫毛の奥で、目に悪戯っぽい色が覗いて見えた。


「……また、のぼせそうかも」
「……俺も、のぼせそう」


あかりがくすくすと笑った。笑ったままの口元に、またキスを落とした。もう湯船から上がったのに、本当にのぼせてしまいそうだ。ちょっと、ヤバイかな、と思わなくもない。








のぼせる
ユキミさんへ捧げます。
→あとがき

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