フリリク企画 | ナノ
のぼせる-3-







服を脱ぐときも脱衣所から浴室へ移動する間も、湯船につかる瞬間まであかりはめいっぱい抵抗したけど、今は人の目の前で膝を抱えて背中を向けている。肩口から上はお湯につかっていなくて、剥き出しの白い肌が目の前にあった。湯気でぼやけた視界越しにも十分目に毒だった。


二人して同じ方向を向いて体育座り。必要以上に近づかないようにしているけど、一人暮らしのアパートの浴槽は二人で入るにはやっぱり狭くて、必然的に距離も近くなる。心持ち腰を後ろに引いてはいたけど、それも限界があった。


背中を抱える形で体育座り。どうしてこんな無理のある姿勢なのかというと、それはあかりが抵抗したからだ。泣きそうな、加えて真っ赤な顔で『絶対絶対絶対、こっち見ないでね!』と強く言われた。


「この状況で見るなって言っても無理があるだろ」
「と、とにかく、正面から向き合うのだけはヤダ!」
「何でだよ。狭いんだから工夫しないと二人じゃ入れないだろ」
「だから二人で入らなくてもいいのに……」
「言いだしっぺはおまえだよな?」
「…………向き合うのは、ヤダ」
「何で」
「だって、恥かしいでしょ…………」


俯いて顔を真っ赤にして、正真正銘恥かしそうに言われた。かわいいな、こいつ……。思わず口に出しそうになったけど言わなかった。そんなことを口走ったらこっちの顔色までタコみたいになる。


兎に角、そういうやり取りがあってあかりを抱え込むような姿勢で湯船につかっていた。さっきからブツブツと「瑛くんのバカ変態親父エッチ……」という泣きごとが聞こえる。往生際が悪いと思う。それとも、本気で嫌だったのかな。


「なあ」
「何ですか変態瑛くん」
「おまえなあ……あのな、あかり」
「!? だ、ダメ! こっち見ちゃダメ!」


振り向かせようとして肩に手をかけたら途端悲鳴を上げられた。動くたびにばしゃばしゃとお湯が波打つ。あかりは自分の腕で自分を抱きしめるようにガードしていた。さっき頭をかすめたことに確信を持ってしまいそうだった。そんなに嫌だったのかよ、一緒に風呂に入るの。振り向いてくれないから、仕方なしに同じ姿勢のままで続けた。


「……付き合ってるんだから、いいだろ、これくらい……」


本心にも関わらず、実際口に出したら、まるで子どもが拗ねてるみたいな口調になった。格好がつかないにも程がある。


湯船につかって体が温まったせいなのか、あかりの体からは何だかいい匂いがした。ときどき、近づくと香る匂いだった。甘い花みたいな匂い。誘われるように目の前の栗色の髪に鼻先を近づけた。慌てたような焦ったような声が浴室に響いた。


「て、瑛くん!?」
「ごめん……顔は見ないから、もうちょっと、このままでいさせて」


ほとんど懇願する思いで口にした。力を込めすぎないように気をつけながら、腕を回してあかりの体を抱きしめた。あかりは落ち着かなさそうに体を身じろぎさせていたけど、しばらくしてから「うん……」と頷いてくれた。小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。


了承を受けて、鼻先を髪に埋めた。匂いがより一層強く香る。そのままの姿勢で息をついたら、くすぐったそうに身をよじった。抱きしめる腕に少し力を込める。熱いお湯越しにあかりの背中が胸に触れた。触れた肌の感触が気持ち良すぎて頭がのぼせたようにくらくらした。


視界のすぐ下で白い肌が湯船に揺られていた。お湯につかっていない肌が水滴を弾いて、白い肌の上に透明な水玉が散っていた。毛先が濡れて首筋に張り付いて、普段、髪に隠れているうなじが覗いていた。肩口の曲線に誘われるように顔を近づけていた。白い肌に浮いた水滴に口づけるように唇を這わせる。


「やっ……瑛くん……!」


あかりが拒むように体を強張らせた。――もうここでストップした方がいい。さっきから頭の中でうるさいくらい警鐘が鳴っていた。でも、ダメだ、もう。

肩に手をかけて正面を向かせた。真っ赤に染まった頬の上で、大きな黒目がちな瞳が驚いたように瞬いた。浴槽の中が波打つ。波と一緒にあかりの白い体も揺れるようだった。背中に腕を回して抱き寄せた。赤過ぎる頬に手を添わせる。その下の、頬よりももっと赤い唇に吸い寄せられるように口づけた。触れた唇の熱さと柔らかさに、頭の中が茹だりそうだった。


伏せた瞼を持ち上げると、近すぎてぼやけた視界に、きつく目を閉じたあかりの顔が入りこんだ。濡れた前髪が額に張り付いて、滴がしたたっていた。雨なのか、汗なのか、それとも湯船の水滴なのか、分からない。体が熱くて仕方なかった。さっきまであんなに冷え切っていたのに。


壁際に追い込まれたあかりが瞼を持ち上げた。睫毛の先に珠みたいな水滴がたまっていて綺麗だと思った。誘い込まれて、困ったように見上げるあかりの目尻にキスをした。くすぐったそうに閉じた瞼の上にも唇を触れた。額に、こめかみに、頬に、唇で頬に触れていく。首筋に口づけた時、甘い声が上がった。思わず顔を見上げたら、自分で自分の声に驚いたのか、手の甲で口元を押さえていた。


「今の……」
「瑛くん……」


あかりの両手が両肩に触れた。触れた手のひらの熱さに驚く。伏せた瞼越しに覗く黒目が熱に浮かされたようにうるんでいた。さっきの声といい、もしかして、もしかしなくとも、そういうことなんだろうか。


「あかり……」
「瑛くん……」


あかりの赤い唇から熱い息が洩れた。苦しいのか、吐息がため息みたいだった。肩を掴んだまま、あかりの上半身がもたれかかってきた。肩口に頭を乗せられる。柔らかいあ体を胸元に感じた。あかりの苦しげなあえぐような声が耳をくすぐった。


「瑛くん…………わたし、のぼせちゃったかも…………」
「お、俺も…………って、え!? のぼせ……? え?」



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