おうちでデート-5-
前髪に触れてしまったせいか、ぱちり、と瑛くんが目を開けた。
「ご、ごめんね……起こしちゃった?」
「……いや別に」
瑛くんは膝の上で体の向きを変えた。仰向けになって、顔をじっと見つめられてしまう。あんまり見つめられると恥かしい。
「な、なに?」
「なんか、ごめんな……」
どうして瑛くんが謝るんだろう。
「折角会いに来てくれたのに、なんか、俺、全然おまえのこと構ってやれなくて」
――そんなの、いいのに。
頭を振って、瑛くんに微笑みかける。
「一緒にいるだけで、うれしいよ」
一緒にいるだけで楽しいし、嬉しいよ。だって、ずっと会えなかったから。
ぎゅ、と手を握られた。
「て、瑛くん?」
「今度の土曜、さ」
「うん」
「バイト入ってないんだ。珍しく一日フリー。……おまえは?」
「わたしも、空いてるよ」
「じゃあさ、どこか行こう。どこに行きたい?」
「え? ええっと……あ!」
行きたい場所、あった。
「プラネタリウム、行きたい!」
ずっと行きたいな、と思っていたけど、まだ行ったことがなかった場所。瑛くんが目を細める。
「じゃあ、そこ行こう」
「うん」
「えへへ」
「……ニヤニヤすんなよ」
仕方なさそうに瑛くんも笑う。言ってることは憎まれ口だったけど、優しくて温かみのある言い方だった。胸がじんわりと温かくなる。握られていた手を動かして、瑛くんの小指に自分の小指を絡めた。
「何だよ?」
「指きり」
「子供かよ……」
瑛くんの憎まれ口は聞かなかったフリで、繋いだ小指を上下に軽く動かした。
「約束。来週の土曜日、プラネタリウム、ね」
「……ああ。約束、な」
約束。くすぐったい、な。本当にお付き合いしてるみたいで、照れくさいし、こそばゆいけど、うれしい、な。
それから、瑛くんは約束通り30分の仮眠を取ってアルバイトへ向かった。忙しいけど、会える時間は前よりも減ってしまったけど、こうして短い時間でも会えるから、さみしくはない。何より、来週のプラネタリウム、楽しみだなあ。
「じゃあ帰るね」と、玄関先で立ち止まって、部屋の奥でアルバイトに行く支度をしている瑛くんに声をかけた。廊下の奥から瑛くんの声が聞こえる。
「ああ、うん。送っていけなくて、ごめんな」
「いいよ〜。そんなの」
それより、と付け加える。
「来週のデート、楽しみだね!」
「はいはい、俺もだよ」
「とっておきのお洒落してくるからね!」
ガツン!
廊下の奥で何か大きな音がした。
部屋の奥から、瑛くんが抗議顔で顔を覗かせた。しばし無言で見つめ合って、口を開いた。
「…………もしかして、想像しちゃった?」
「してない」
「ちなみに、セクシー系……」
ガツン!
もう一度、似たような音がした。
「……じゃ、ないよ?」
何とも言えない顔をして、何事かを言いかけて、でも結局何かを言うのをやめて、瑛くんは玄関先まで歩いてきた。けんけんするように片足立ちだったから、もしかしてどこかに足をぶつけてしまったのかもしれない。
瑛くんは顔を赤くさせたまま、無言でわたしを見下ろした。わたしも無言で瑛くんの赤い顔を見上げる。沈黙が二人のあいだを流れた。
「…………」
「…………」
瑛くんの手を取った。ぴくり、と手の中で瑛くんの手が震える。
「来週のデート、わたし、楽しみだよ?」
恥かしそうに目を逸らされてしまったけど、ややあって、目を伏せたまま言ってくれた。
「……俺も、楽しみ」
「うん」
「その…………期待、してる、から…………」
やっぱり目は合わせてくれなかったけど、そう言ってくれた。
「ふ、服の話だからな!」
顔を赤くさせたまま、瑛くんは断言する。まったくもう、照れ屋さんだなあ、と思ってしまう。告白もキスも済ませたのに、瑛くんは相変わらず照れ屋さんなままだ。でも、そういうところ、かわいいなあって思う。……男の人にかわいい、というのは変かもしれないけれど。
「期待しててね」
そうして、わたしも期待を込めてまぶたを閉じてみた。閉じたまぶた越しに、躊躇いながら、距離が詰まるのを感じた。
おうちでデートゆとりさんへ捧げます。→あとがき