おうちでデート-4-
○
「……ふぁ」
ケーキを食べて、コーヒーを飲んで。まったりしていたら、瑛くんが欠伸を噛み殺した。……徹夜明けだもんね。やっぱり眠たいよね。しかも、これからアルバイトだなんて、大変だなあ。
すっかり長居してしまった気がする。そろそろお暇しようかな、と腰を上げかけたら、テーブルの横に置かれたベッドに背中を持たれさせながら、瑛くんがわたしを呼んだ。眠たそうな目、してるなあ。
「……あかり」
「ん、なぁに?」
「こっち」
「え?」
「ちょっと、こっち来て」
え? え?
うろたえているうちに、瑛くんはメガネを外してベッドに頭を乗せてしまった。眠そう、だなあ。声も、眠いせいか舌ったらずに聞こえた。躊躇いつつ、ベッドにつっぷしている瑛くんの隣りに腰を下ろした。
「瑛くん……」
枕にした二の腕ごしに瑛くんがこちらを向いた。裸眼ごしに見つめられるのが久々な気がして、少しドギマギしてしまった。瑛くんはとても目が悪いから、見えていないかもしれないけど……。
ぐい、と引き寄せられた。
「て、瑛くん?」
腕を引かれて、そのまま抱きすくめられてしまった。急だったので驚いて声を上げてしまう。肩口に顔を埋めて、瑛くんがため息をついた。
「…………会いたかった」
ビックリして瑛くんの顔を見ようとしたけど、ぎゅ、ともっと強く抱きしめられて身じろぎ出来なかった。
「ずっと会いたかった」
息をつく様に、もう一度言われた。――会いたかった。瑛くんの言葉を反芻する。ずっと、忙しくて会えなかった。大学生になって始めたアルバイトに、レポート、試験……毎日のことでいっぱいいっぱいで会う余裕がなかった。……会いたかった。噛みしめるように、わたしも口にした。
「わたしも……」
おそるおそる、瑛くんの背中に腕を回した。安堵したように瑛くんが息をついた。
しばらくの間、そのままの姿勢でくっついていた。触れた体温が心地いいなあ、と思っていたら、肩口に顔を埋めたまま瑛くんが「ヤバイ……」と呟いた。頬をかすめる髪の毛と、首筋にかかる息が、ちょっとくすぐったい。
「なぁに?」
「何か……このまま寝そう」
「こ、このままは、困るかなあ?」
今も、わたしの体よりも大きい瑛くんに覆いかぶさるように抱きすくめられて、少し体勢が苦しいのに。このままの姿勢で眠られてしまうとおおげさじゃなく、潰れてしまうかもしれない。「なあ」と瑛くんが囁いた。上半身を少し離して、瑛くんは続きを言った。
「膝、貸してくれる?」
「膝?」
「だから……膝枕」
幾分照れくさそうに、目を伏せながら言った。ぱちくり、と瞬きしてしまう。
「いい、けど……」
さっき、一緒にケーキを食べていたときのことが思い出される。
「いいの?」
「何が?」
「膝枕、バカップルっぽくないの?」
さっきの“はい、アーン”は丁重にお断りされてしまったのに。
「いいの。これは別」
これは別……。
アーン、はダメなのに、膝枕はオーケーなんだ。難しいなあ。
メガネを外してしまって、よく見えないのか、それとも気恥かしいのか、眉間に皺が寄って難しげな顔をしてる瑛くんに笑いかけた。
「どうぞ、膝枕」
ぽんぽん、と自分の腿の辺りを軽く叩く。「じゃあ、遠慮なく……」と瑛くんがそこに頭を乗せた。何だかとてもこそばゆい。
瑛くんは本当に疲れていたのか、そのまますぐに眠ってしまった。30分したら起こして、と言われたから、時計をちらちらとチェックしながら、瑛くんの顔を見つめる。頑張りすぎて、疲れてよれよれな瑛くん……。
胸が痛くなるのはこんなときだ。
瑛くんは高校生だった頃も忙しそうだったけど、大学生になって忙しさが和らぐどころか、一層忙しくなってしまった気がする。
両親の反対を押し切って飛びだした手前、実家のお父さんの助けは借りられないから、生活費も何もかも自分で何とかしようとしてアルバイトも詰めこんでいるみたいだし、大学の勉強の他にも資格の勉強も始めてる。大学の講義数もわたしなんかよりずっと多く履修してる。
それに対して、わたしはというと、アルバイトはしているけど、瑛くんほどじゃないし、今も実家暮らし。生活費を自分で工面する苦労は味わっていない。
眠っている瑛くんの前髪をそっと撫でる。高校を卒業したら、もう、こんな風にくたくたになっている瑛くんの姿を見ることはないと思っていた。あの日の夜の記憶がぶり返す。胸が、ちくり、と痛む。――くたくたになり過ぎて、倒れたりしないでね、と声に出さないで祈る。
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