おうちでデート-2-
「はい、お待たせしました」
「サンキュ」
テーブルの上にマグを置く。飲み口と内側が綺麗なブルーに染まったスマートなマグカップを瑛くんの前に。同じデザインで色違いの、飲み口と内側がチョコレート色のマグを自分の手前に。別にわたし用、という訳じゃないと思うのだけど、瑛くんがコーヒーを出してくれるときにも、いつもこのカップで飲み物を渡されるので、何となく、わたし用な気がしている。何だかこそばゆい。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「何でもないよ」
テーブルにお皿とフォークを並べていた瑛くんが怪訝そうに言う。頭を振って答える。それから仕切り直すように言った。
「さぁ、食べよう食べよう!」
「はいはい」
「疲れた頭には甘いものが良いんだよ。きっと」
「おまえにしちゃ、気が利いてるよな」
「もう! 瑛くんはどれがいい? わたしね、苺のショートケーキがいいなあ」
「……おまえ、ホントは自分が食べたかっただけだろ」
「……てへ」
「ったく」
瑛くんがため息をつく。「じゃあ俺、これな」と言って抹茶ムースを箱から取りだす瑛くんに言う。
「ケーキが食べたかったっていうのは本当だよ」
「流石だな。食いしん坊万歳」
「でもね、瑛くんと一緒に食べたかったんだよ」
「…………」
「今日お店に行ったらね、たくさんおいしそうなケーキが並んでて、新商品も色々あって、見惚れてたら、瑛くんの顔が思い浮かんだんだ。瑛くんもこういうの、好きかなあって。そしたら、瑛くんと一緒に食べたいなあって思って」
自分のお皿に苺のショートケーキを乗せながら喋る。
「それでメールしちゃった。急だったんだけど」
顔を上げて話を締め括ろうとしたら、それまで黙ってわたしの話を聞いていた瑛くんがテーブルごしに腕を伸ばした。思いのほか真剣な目と視線がかちあってビックリしてしまう。
「……て、瑛くん?」
「…………」
「痛っ!」
瑛くんは腕を伸ばしてわたしの顔に手を添えたかと思うと、むぎゅ、と頬をつねった。とても痛い。ひどい。
「い、いたいよ、瑛くん! なにひゅるの!?」
「そうか、痛いか、良かったな」
「よ、よくないよぉ!」
「いいか、あかり」
「う、うん?」
瑛くんはとても真剣な顔でわたしの顔を覗きこんだ。つままれたままの頬が痛いけど、大人しく聞く。
「今、俺につままれてる頬がつねられても痛くなくなって、つままれても余裕で平気になったら、アウトだからな」
「…………」
ごくごく真剣な顔でそんなことを言う瑛くんの顔を呆気に取られて見上げてしまう。
つままれても平気に、って、それはつまり……。
不意に瑛くんは、にこり、と取ってつけたような笑顔を見せると、つまんでいた頬を離してくれた。痛かった。ちょっと涙が出た。
「ま、せいぜい食い過ぎには気をつけろよ」
綺麗な笑顔のままで、しれっとそんなことをのたまう瑛くん。澄ました態度が、もうすっごく、小憎たらしい。
「……瑛くんはイジワルだ」
「俺はおまえのことを考えてアドバイスしてやったんだぞ」
「だからって、ほっぺたつねらなくたっていいじゃない」
「体で覚えるのが一番だからな」
ああ言えばこう言う。
つねられた頬をさすりながら呟く。もう痛くはないけど、何だかつねられた感触が残っていて気になる。
「もう瑛くんにはケーキ買ってきてあげないもん……」
フォークを握ってケーキに取りかかろうとした。正面に視線を感じた。顔を上げると、瑛くんがこちらをじっと見ていた。
「……な、なに?」
答えはなくて、また腕を伸ばされた。さすがに学習したので、咄嗟に頬っぺたをガードしてしまう。両手のひらで頬を守ったら瑛くんが吹きだした。ひどい。色んな意味で、ひどい。
「何で笑うの!?」
「いや、おまえの必死な顔が面白すぎて……」
笑いながら、そんなことを言われてしまう。もうこっちが頬をつねってやりたい。
「悪かったって」
笑いを堪えるような表情のまま、瑛くんが言った。ふわり、と頬に手を添えられた。ガードした手のひらごしに。
「……来てくれたのは、嬉しくないわけじゃなかったんだ」
「瑛くん……」
「今度は一緒に行こうな?」
黒ぶちのメガネごしに優しく細めた目が見えた。……イジワルした後に、急に優しいのって、心臓に悪い。瑛くんはズルイ。色々と。
「う、うん……」
こくこくと頷く。いま、顔が真っ赤になっている気がする。手のひらごしに頬に添えられた手が、僅かに重なって離れた。
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