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夏のこどもたち-5-



「……ごめんね、佐伯くん」
「ほんと、バカだ……」


俯けた頭に手のひらを乗せられた。チョップされたのかと思って、びくりと肩をすくめてしまった。濡れた髪をかきあげるように頭を撫でられた。耳に指先が少し、触れた。


「……お子様モードもいいけど……いや、よくないな、全然」
「う、うん……」


佐伯くんのため息が降ってくる。


「……流石に懲りただろ?」
「…………うん。ごめんね」
「分かったなら、もう水の上でふざけないように」
「うん、そうする」
「カナヅチなのに、無茶しすぎなんだよ、おまえは」
「うん、そうだね……」
「……おまえが、溺れたりしたら」


声のトーンが落ちた。見上げようとしたけど、頭に手を乗せられているせいで、上げられなかった。


「耐えられないよ……俺……」


また、泣き出してしまいそうな声に聞こえた。


「だから、絶対、やめろよな」
「…………佐伯くん」


頭の上に乗せられた手に、手を重ねる。掴んで下に下ろすと、手はするりと頭の上を滑った。佐伯くんを見上げて、目を見て言った。


「ごめんね、佐伯くん。もう危ないこと、しないから」
「…………ああ、そうしろよ」
「うん、そうする」
「……約束」
「うん、約束する」
「……よし」


納得したように佐伯くんが頷く。視線を、繋がったままのわたしたちの手に一瞬移して、仕切り直すように言った。


「じゃあ、少し休憩するか」
「うん。パラソルあるよ」
「どこまで用意周到なんだよ、おまえは……」
「だって、楽しみだったんだもん。佐伯くんと海に来るの」


驚いたように目を見開いて佐伯くんがわたしを見た。
あれ? 言ってなかったかな? 今年初めての、佐伯くんと一緒の海水浴、すごく楽しみにしていたこと。
何度か瞬きをしながら佐伯くんが言う。


「おまえ……そういうことを臆面もなく言うなよ……」
「だって、本当のことなんだもん」
「…………」
「痛っ」


無言でチョップされた。さっきまでされなかったのに、ついにされた。抗議の目を向けようとしたのに、佐伯くんはもう背を向けてしまっている。


「ほら、行くぞ!」


けれど、繋がった手はそのままだ。始めは振り払われてしまったけど、今は繋がっている。じわじわと、手のひらから伝わる熱が熱い。さっき、手を振り払われてしまった時のことを思い出す。額に手を当てられて慌てていた佐伯くんのことを“変なの”と思った。でも、今は佐伯くんの気持ちが分かかった気がする。抱きしめられたときに分かってしまった。わたしも佐伯くんももう子どもじゃない。だから、こんな風に痛いくらい心臓がドキドキして体が熱いのだと思う。


「なあ、荷物どこら辺に……」
「っ!」


急に振り向かれてしまって、心臓が止まるかと思った。息をのんで固まっているわたしを佐伯くんが不思議そうに見下ろす。さっきと形勢が逆転してしまったような気がする。心臓が、うるさいくらいドキドキしてる。


「どうした? 何か、顔が赤い……」
「な、なんでもないよっ」


佐伯くんに先立って歩き出す。繋いだ手はそのままで(佐伯くんが離してくれないのだ)、どんどん歩き出すと、佐伯くんが抗議するように「おい」と声を上げる。


「何なんだよ、一体……」


何でもなにもない。今はとにかく、不自然に赤い顔を佐伯くんに見られたくなくて、先を急いだ。早く日陰に隠れて落ち着きたい。急に気付かせられてしまった感情に体が全然追いついていない。もう子どもじゃない、子どもじゃいられない。見せつけられるように気付かされたとしても、心が体に追いつくには、まだもう少し時間が必要なようだった。








夏のこどもたち
アオニレさんへ捧げます。
→あとがき

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