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夏のこどもたち-4-







いかだのビニールの肌に波がぶつかって飛沫をあげる。波と一緒にいかだに乗った体もゆらゆらと揺れる。いかだの上に寝そべっていると気持ちがよくて寝てしまいそう。波に混じって「大体な」という佐伯くんの声が耳を打つ。


「俺が言いたいのは何で、いかだなんだってことだよ」


不満そうに唇を尖らせつつ、佐伯くんは一緒に付き合っていかだを引いてくれている。佐伯くんぐらい泳げるなら、もっと沖合に出たいはずなのに、付き合って浅瀬にいてくれる。
浅瀬は親子連れが多くて、佐伯くんは少し居心地が悪そう。

佐伯くんがぼやくように言う。


「ボディボードだってあるだろ」
「だって、泳げないだもん」


あんな高度な技術を要しそうなもの、絶対扱えそうにない。


「泳げないからって、こんな小道具に頼ってたら、ますます泳げなくなるだろ」
「ボディボードは、こうやって上に乗れないでしょ?」
「乗れるよ。ちゃんと扱えば」
「そうなの?」
「そうだよ。教えてやるから覚えろよ」
「……うーん……怖いからヤダ!」
「おまえなあ……」
「こうやって、のんびり寝ぞべってるだけでも楽しいよ」


それは本当に。ちゃぷちゃぷとビニールの肌を打つ波の音も気持ちがいいし、波に揺られているのも楽しい。泳げないけど、こうして海につかって揺られているのは好きだ。佐伯くんが仕方なさそうに息をつく。


「ったく……」


仕方なさそうに言って、仕方なさそうに笑っている。


「ま、らしいっちゃ、らしいよ」
「そう?」
「まあな。のんびりっていうか、ボンヤリっていうか。おまえらしい」


笑いを含んだ声で佐伯くんが言う。佐伯くんの言葉を頭の中で反芻する。


「……褒められてる気がしないなあ」
「正解。褒めてないからな」
「もう!」


手でぱしゃり、と佐伯くんに波をかけた。髪から水を滴らせた佐伯くんは「やったな」と言って水鉄砲で水をかけてきた。「わっ!」ばっちり顔にクリティカルヒットだ。顔にかかった海水を拭って佐伯くんに抗議の目を向けると、「おかえし」と言ってニヤリと笑われた。海にいる時の佐伯くんはホント、子どもみたい。


「……えい!」


そうしてわたしも、子どもみたいなのだと思う。対抗心というか、勝負心に火がついてしまった。
いかだの上に乗ったまま、両手を使って佐伯くんに水をかけた。ばしゃり、と音を立てて飛沫が上がる。


「わっ!」


流石に佐伯くんも驚いたように声を上げる。それが面白くて、手を使って、立て続け水をかける。


「おい、ちょ……ヤメロって!」
「お返しだよ!」
「子どもかおまえは!」
「佐伯くんこそ、だよ!」
「……バカ、やりすぎ……!」


慌てる佐伯くんが面白くて、無性に楽しくなってしまっていた。佐伯くんの手がいかだから離れているのにも気づかなかった。そうして、


「わ……」


ぐらり、と体が傾いだ。


「きゃあ!」
「……あかり!?」


いかだごとひっくり返って水の中に落ちた。
急に水に入ってしまった上、足が地面につかなくて、パニックになった。水の中でもがいていたら、不意に引き上げられた。


「……バカ!」


鼻と口から水を吸い込んでしまって、浮きあがった途端げほげほと咳き込んだ。苦しくて堪らない。佐伯くんの怒った声も聞こえていたけど、何も言えなかった。
腕を掴まれたまま、佐伯くんに引っ張られて浜に上がった。座りこんで、げほげほと咳き込むわたしを佐伯くんが見下ろしている。不意に砂浜に影が落ちて、もしかして、チョップされるのかな、と覚悟した。けど……、


「……バカ」


ぎゅう、ときつく抱きすくめられた。さっきよりも小さな声でまた「バカ」と言われた。抱きしめる力が強くなる。苦しいくらいに。
じかに肌で触れた佐伯くんの胸がすごくドキドキしていた。バカ、と罵る声がまるで泣きだしてしまいそうに頼りなく聞こえた。掴まれたままの腕が痛い。お互いの髪から滴り落ちる水滴は冷たいのに、肌から伝わる熱が熱くて、痛いほど抱きしめられて、苦しい。息が出来ない。


「…………佐伯くん、苦しいよ」


やっとのことで、口を開いた。ぎこちない動作で佐伯くんは体を離した。正面からわたしを見下ろして、また「……バカ」と佐伯くんは言った。何も言い返すことが出来ない。ふざけすぎて、カナヅチなのに水に落ちて、溺れかけるなんて……。佐伯くんが引き揚げてくれなかったら、どうなっていたかと思うと改めてゾッとした。




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