夏のこどもたち-3-
「……つーか、な」
ごほん、とひとつ咳払いをして佐伯くんが口を開いた。わたしが肩にぶらさげた肩掛けカバンを指さして言う。
「何、その大荷物」
「何って、海を楽しむためのアイテムだよ?」
「いや、分かるけど、多すぎだろ」
「そうかなあ?」
佐伯くんは「そうだよ」と有無を言わせぬ調子で言う。わたしはというと、やっぱり「そうかなあ?」と首を傾げてしまう。だって、どれも楽しく海を満喫するために欠かせないものだ。
浮き輪にビーチボール、ビニール製のいかだ。どれも空気が入る前だから嵩張らない。取りだして見せたビニール製品の一つを指さして佐伯くんは怪訝そうに片目を眇めた。
「何だ、これ……」
「ビニール製のシャチ」
「………………」
「前に佐伯くん、オルカの背中に乗りたいって言ってたよね? これなら一緒に乗れるよ♪」
「おまえがこんなのに乗って海に入ったら、俺はゼッタイ他人のフリするからな」
「えっ、そんなぁ!」
よかれと思って持ってきたのに、散々な言われようだ。おかしいなあ、お店でも見つけた瞬間「これだ!」って思ったのに。バッチリ好印象だと思ったら、全然違った。佐伯くん、水族館でオルカのこと、きらきらした瞳で見つめていたのに、なあ。
すっかりしょげかえっていたら、ため息がつむじの辺りに降ってきた。
「これは論外だけど……」
顔を上げると、難しげ……というか、どこか気まずそうな佐伯くんの顔が目に入った。
「それ以外なら、まあまあ許容範囲、といえなくもない」
「ホント?」
「ただし、浮き輪といかだ、どっちかに絞るように」
「え〜……」
「“え〜”じゃないよ。嵩張るだろ! ほら早く決めろよ」
「えーっと、じゃあ、いかだ!」
「……また嵩張る方を選んだな」
「……いいもん。佐伯くんには貸してあげないもん」
「俺には必要ない」
ああ言えばこう言う、本当に佐伯くんは減らず口ばっかり。いかだ、楽しいのに。楽しそうに乗ってるわたしを見て、やっぱり羨ましくなっても貸してあげないんだから! でも、思い直して謝ってくれたら、やっぱり貸してあげようかなあ……だって、せっかくなら二人で楽しみたいよね。
「何、百面相してるんだよ」
佐伯くんが胡乱げな顔でわたしを見下ろしている。
「な、なんでもない!」
慌てて、いかだに息を吹き込む。「ちょっと待て」と佐伯くんのストップが入った。一度吹き込んだ空気が洩れないように、指で吹き込み口を塞ぐ。
「え? 何?」
「何、じゃないだろ。おまえまさか口で空気を入れるつもりか?」
「えっ。うん」
「この大きさを?」
言われて、いかだを見下ろしてみる。大人が乗れる大きさのいかだ……。
「……ちょっと、大きい、かな?」
「ちょっとじゃないよ。全部ふくらましてたら日が暮れるぞ」
「そ、そんなにかからないもん!」
「かかるって。ほら、貸せよ」
そう言っていかだを掴んだ佐伯くんの日に灼けた手と顔を見つめた。
「佐伯くんが代わりに入れてくれるの?」
「おまえに任せてたら、海に入る時間がなくなる」
もう一度「貸せよ」と言った佐伯くんにいかだを託した。……佐伯くん、優しいなあ。口は余り優しくないけど……。佐伯くんの優しさに感じ入りつつ、少し躊躇うものがあって、そのことを口に出して言ってみた。
「でも、佐伯くん……間接キスになっちゃう……」
途端に顔を赤くして「違うから!」と声を上げた佐伯くんは、海の店で空気入れを借りて手際よくいかだに空気を入れてくれた。
「……こんなもんか」
佐伯くんは膨らんだいかだを叩いて空気の入り具合を確認している。わたしもしゃがみ込んで、いかだを突いてみる。うんうん、よく膨らんでいる。
「バッチリだね!」
「ほら、空気穴ふさぐから、もう突くなよ」
「うん」
空気の吹き込み口から空気入れを外して、佐伯くんは穴を塞いだ。ほら、といかだを手渡してくれる佐伯くんに、ありがとう、とお礼を言った。
空気入れをお店の人に返して、お礼を言うと、佐伯くんは「行くぞ」と海を示した。
「うん!」
大きく頷いて後に続いた。水着でも暑くて堪らないから、早く水に入ってしまいたかった。隣りを歩くを佐伯くんの手を取ったら、「うわぁ!」という悲鳴が上がった。振り払うように手を離されてしまった。見上げると、わたし以上に驚いた顔をした佐伯くんがわたしを見下ろしていた。
「あ、危ないだろ!」
「えっ、何が?」
びっくりして声を上げてしまう。佐伯くんが決まり悪そうにぼそぼそと言う。
「その……手なんか引っ張ったら、危ないだろ……転んだりとかしたら、いろいろ……」
「そう?」
そうかなあ、と思ってしまう。手を繋いでいた方が転ばなさそうだけど……。
――変な佐伯くん。
首を傾げながら、背を向けて先に海へ歩き出してしまっている佐伯くんの後を追った。
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