フリリク企画 | ナノ
at home #4







――気をつけろって言ってたのに、言わんこっちゃない。


あの分じゃ、二人してずぶ濡れだ。たまたま目に入った。そろそろ昼飯が出来るから上がってこいよ。そう伝えようと窓を見た瞬間、あの光景だ。ねらってやっているんじゃないだろうな、と邪推したくもなる。そんなことしたって、何も得することなんかないだろうから多分、本気のミス。いずれにしても、勘弁しろよ、と思う。離れている時に、あんな風にトラブル遭うのとか、本当に。


金魚のしっぽみたいなロングスカートもすっかりびしょ濡れだ。子どもを抱えて、丘の上に突っ立つ俺を見つけると、こっちに向かって、ぶんぶんと手を振る。子どもも釣られるようにして、負けじと手を振る。そういうこと、しなくていいから早く帰って来いと思う。転びそうに見えて、こっちは気が気じゃない。


取りあえず、濡れネズミで帰って来そうな二匹用にタオルを用意しておこうと思う。裏口から入ってくるようにジェスチャーして、奥に引き上げる。途中、灯台が視界に映った。あれから何年も経った。灯台で告白をしてから。もっと遡って、あのおかしなクリスマスの奇跡から、何年も。結局、あれが誰だったのか、まだ分からない。これから、例えば、あのチビが高校生くらいに育ったら分かることなんだろうか。待ち遠しいような気もするし、少しこわいような気もしている。例のガラス時計は、電池を取り代えながらも、まだ健在だ。


おかしな話だ。冷静になって考えれば、到底信じがたい話。でも、あれは本当の事だったんじゃないかと信じている自分もいる。大人だからって、夢みたいなバカ話を全部切り捨ててしまう必要がある訳じゃない。今ならそう思える。そう思えるようになるまで、随分時間がかかった。


夢じゃ、確かに腹は膨れない。でも、夢を捨てることは出来なかった。大切にしたいものがあったから。そりゃあ、楽しいことばかりだった訳じゃない。でも、一人じゃなかったし。大切にしたかったもの。大切にしたかった人。いつも、まるで荷物を半分持つようにして支えてくれていた。側にいてくれた。だから、やれたんだと思う。そうして今は、家族が増えた。


二人分の笑い声と一人分の足音。息子を抱えたあかりが裏口のドアを開ける。
予想通り、ずぶ濡れの二人を確認して、用意していたタオルをつきだした。
「ただいま」と声を上げる二人に向かって言ってやる。取りあえずは、小言の山の前に、ひと言。


「おかえり」


――おかえり。幸せな夢を本物にしてくれて、ありがとう。


面と向かって言うには、恥かし過ぎて言えない台詞だったりする。







at home
千谷野さんへ捧げます。
→あとがき

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