フリリク企画 | ナノ
at home #3







「昼飯、作っとくから」


足りないもの、足りなくなりそうなもの、期限が切れそうなもの……メモ片手にお店の備品をチェックしながら、瑛くんが言う。


「ちょっと外で遊ばせて来いよ」


定休日の珊瑚礁。お休みといっても、やらなきゃいけないことは山とある。けれど、決まって欠かさないこともあった。ちょうど、これがそう。


「うん、行ってきます」


そうしてパパにお昼をお願いして、優雅にわたしたちは出かける。繋いだ小さな手が、楽しげにぶんぶんと揺れて振り回されてしまいそう。最近は随分遠くまで歩いて行けるようになった。もう手を繋がなくても、どこへでも行けるのかもしれない。それは少し、寂しい気もするけれど。


「ママー」


何かを見つけたのか、砂浜を掘っていた手を止めて、呼ばれた。「なぁに?」覗きこむと、小さな手のひらを広げて中を見せてくれた。


「貝がら」
「え? 貝?」


透き通った水色の、綺麗なもの。でも、貝じゃない。これは、ガラスだ。シーグラス。波に削られて丸くなったガラスの欠片。
そう教えてあげると、「貝じゃないんだ……」と明らかにしょげかえってしまった。


「でも、きれいだね」


これは本当に思ったこと。
すると、しょげかえっていた顔を上げて、手を差し出された。


「あげる」


小さな手のひらにのったガラスの欠片を受け取る。陽の光を受けて、ガラスがきらきらと光る。本当に綺麗、だね。綺麗なものなのに、くれるんだね。


不意に、いつか、白い貝がらをもらったことを思い出した。海からあがった瑛くんがくれた、海のおみやげ。今も大切にとってある宝物。――パパと一緒だね。海の綺麗なものをプレゼントしてくれるなんて。


「ありがとう」


小さな君はもう、関心を海に移している。ズックを履いたまま海に向かっていくのを止めて、ズックと靴下を浜に置く。自分のサンダルを隣りに置いて、海へ向かう。波は少し冷たい。暖かくなってきたけれど、まだ遊泳には早い時期だ。


ロングスカートは失敗だったかもしれない。両手を使えないから。片方でしか手を繋げない。


少年は波に夢中だ。海が好きな子なのだと思う。そういうところも誰かさんとそっくりだ。もう少し大きくなったら一緒に海で泳ぐことも出来るかもしれないね。もしかすると、わたしが考えているよりも、ずっと早く。毎日めまぐるしくて、時間があっという間に過ぎていってしまう。どんどん大きくなっていって、一人で出来ることが増えていく。昨日出来なかったことが、今日には出来るようになっている。今日出来ないことが、明日には、またその先のいつか、出来るようになっていく。今、片手で繋いでいる手も、いつか、必要がなくなるのかな。


「ママー」


センチメンタルな気分に浸っていたせいだと思う。指摘されるまで気付かなかった。


「波、大きいー」
「え?」


気付いた時にはもう手遅れだった。跳ねた水しぶきに二人してずぶ濡れになってしまった。「苦ーい」と舌を出して顔をしかめる我が子を慌てて抱きかかえる。帰ったら、服を着替えて、顔を洗って、うがいして……めまぐるしく考えていたら、珊瑚礁のドアが開いて、瑛くんが慌てたように、怒ったようにして出てくるのが見えた。心配して出てきてくれたんだと思う。強張っていた肩の力が少し、ゆるむ。ああ、そうだね、

――うちには、心配性で小姑なお父さんがいるんだもんね。

離れていても、こうして心配して出てきてくれるパパがいる。ちょっとマセているところがパパに似た息子もいる。大好きな家族。そういうことを不意に実感させられる。


「帰ろっか」
「うん、帰るー」


帰ろうね、おうちに。パパが心配して待ってるから。


ずぶ濡れのまま、裏口を開けると、バスタオルを二枚持った瑛くんが仁王立ちで待ち構えていた。小言の山と一緒にバスタオルを一枚手渡される。受け取って、ずぶ濡れの我が子の体と髪の毛の水滴をふき取る。瑛くんがまるで犬の子を乾かすようにわたしの頭をわしわしと拭いてくれる。もみくちゃにされ気味な小さな君の顔を覗き込みながら、言う。


「顔洗って、うがいしたら、お昼にしようね」


小さな君は「うん」と素直に頷いてくれる。それから「おなか、すいた」と声を上げる。瑛くんを見上げると、片眉を軽く上げて、わたしと息子の顔を見つめる。仕方ないな、と息をつき、「オムライス、出来てるから」という。「おむらいすー!」バスタオル越しにくぐもった声が上がる。大好きなメニューなのだ。


「ケチャップでお絵かきしよっか?」
「うん!」
「何描こうか?」
「きんぎょー!」
「あんま、かけすぎんなよ」


呆れたような瑛くんの声が降ってくる。次いで、我が子を抱えて洗面所に向かう。その背中を見送る。小さな我が子は、子ども特有の甲高い声で笑い声を上げている。急に高くなった視界が楽しくて仕方ない、といった風。残ったバスタオル二枚を持って、二人のあとを追いかけた。何でもない、いつもの、家族で過ごすかけがえのない休日のお昼のことだ。




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