フリリク企画 | ナノ
at home #1




*捏造佐伯家。
*shortにある「どんなこどもにも秘密ってやつがあるのさ」と「きみのパパが知らないいくつかのこと」「はじめてのおつかい」と同じ設定です







「むかしむかしのはなし」


そうは言っても、そんなに昔の話じゃない。数え上げるのに二本の手以上の指が必要になる訳じゃない。眠る間際に、散歩の途中に、折に触れて聞かせてもらった“お話”の話だ。


古びた絵本と一緒に聞かせてもらったお話は確か、ハッピーエンドで終わるはずだったのだけれど、物心ついて懐かしい絵本をめくってみると、記憶にある「みんな末永く幸せに暮らしました」式の“めでたしめでたし”な結末は見当たらない。そうして巷で時折り話にのぼる灯台の噂話には、耳馴染みのあるものもあったのだけれど、肝心の結末が違ってしまっている。


――それじゃあ、俺が知っているあのお話の結末は一体何なんだろう。


積年の悩み、という訳じゃない。少し考えれば分かることだ。答えはほとんど目の前にあった。


もちろん、その境地に至るには少し時間が必要だったけれども。











「貝がら」
「え? 貝?」
「ひろった」
「ホント? 見せてくれるの?」
「うん」
「すごいね。きれいだね」
「きらきらしてる」
「でも、これは貝じゃないかな?」


これは子どもの頃の記憶。
一人でどこへでも歩き出しては一人で勝手に迷って泣きだしているか、あるいは何かにつまづいて、または何もないところでつまづいて大泣きしてるところを抱き上げられることが、すっかり習慣化していた頃の記憶。


すっかり一人立ちしたつもりでも、大抵の場合まだ母親の手と繋がっていないと何も出来やしなかった頃のことだ。思えば遠く来たもんだと感慨にふけってしまう。距離の話じゃない。時間の話。


場所は羽ヶ崎の海。丘には使われなくなって久しい無人灯台が佇んでいて、その隣には青い屋根の小さな喫茶店が並ぶ。そこが我が家だ。子どもの頃から過ごした、我が家。うまいコーヒーを入れる店長兼バリスタと、いつもニコニコ笑っているウェイトレスが切り盛りしている、ちっぽけな、コーヒーが評判の店。バリスタはかわいいウェイトレスに将来を誓い、ウェイトレスは首を縦に振った。その二人のあいだに生れたのが、さっき拾った“貝殻じゃない”何かを自慢げに母親に見せつけているチビすけ、つまり、俺だ。父はバリスタ。母はウェイトレス。もうウェイトレスなんて年じゃないよ、と眉を下げて困ったように笑うけど、いくら年を重ねても不思議と少女らしさの抜けない人だった。これが、俺の家族。店には、家には、いつもコーヒーの香りが漂っていた。母親の笑い声がよく聞こえていた。


子どもの頃から海は遊び場だった。先の理由で一人で外に歩くのにはまだ向かない。両親の職業柄、日曜に家族で遊びに出かけた記憶もない。けれど、記憶の中では、しょっちゅう母親に手を引かれて海に遊びに出かけた覚えがある。暇を見つけては連れだしてくれたんだろう。

そうして、この日はまだ昼にならない時間のことだったと思う。空は午前特有の澄んだ色から昼間際の明るい色に移行しようとしてた。浜で見つけたものを母親に見せたくて手のひらを広げて見せた。母親は指先で確認するように手の中の光るものに触れた。ちびっこは「貝じゃない」という母親の言葉が俄かに理解できなくて問い返している。


「貝じゃないの?」
「うん、これはガラス」


――シーグラスだね、と母親は言った。
次いで「波にもまれてガラスが丸くなったんだよ」と付け加えた。浅瀬の海の色を溶かしこんだような淡いガラスの欠片だった。きらきらしていて綺麗な、海に落ちているものは全部貝だと思い込んでる節があった。


「貝じゃないんだぁ」
「でも、きれいだね」


母親は微笑んでいたと思う。どういう訳か、いつも笑っている顔の印象しかない。いくらなんでもいつでも笑っていた訳はないけれど。それだけ、いつも笑顔でいたんだろうと思う。
殊勝にも、ちびは手の中のガラスを差し出した。


「あげる」
「え? くれるの?」
「うん」
「ありがとう」


手のひらのガラス片を見つめて母親は何か囁いたと思う。小さかった俺には聞こえなかったらしく、母親が何を囁いていたのか、今でも知らない。母親が俺を見つめて言った。


「宝物だね」


その一言でもう、ちびすけは誇らしいようなくすぐったい気持ちでいっぱいだ。そうして次の瞬間には小さい子ども特有の旺盛な好奇心を発揮して海へ向かって歩き出してる。最近では少しずつ一人で遠くへ歩けるようになったのが嬉しくて堪らないらしい。同じように、言葉も覚え始めているから、脈絡のないおしゃべりも止まらない。それは母親よりも父親を辟易をさせている。減らず口ばかり叩く、だって。申し訳ないけど、誰に似たのやら。




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