フリリク企画 | ナノ
春の約束 -5-






まだ日が暮れるのには早いけど、日が傾きかけていた。風も冷たくなってきた。
あかりを見上げて訊く。

「……そろそろ行くか」
「うん、そうだね……」

あかりの手が何だか名残惜しげに髪を撫でた。それを合図に半身を起こした。

「足、しびれてないか?」
「ううん、大丈夫だよ」

それでも、立ちあがる時に少しふらついた。手を差し出して支えると、掴まれた腕をしげしげと見つめて「ありがとう」と言って見上げてきた。髪に桜の花びらが一枚、まとわりついている。その顔を見たら、堪らない気持ちになった。入学前にまだ、いろいろとやることは残っている。今日が終わったら、多分、またしばらくのあいだ会えないと思う。

手を離すタイミングをはかりかねていたら、あかりが口を開いた。

「瑛くん、今日はありがとう」

まるで別れ際みたいな台詞だ。あかりは微笑んでいる。

「……約束、守ってくれてうれしい」

あかりの髪のくっついていた桜の花びらが風にあおられて飛んで行った。
約束。
何のことだとは思わなかった。桜を見たいとあかりから誘われたときに頭をかすめた約束があった。ちょうど一年前に交わした口約束だ。あかりは覚えているのかな、と気になっていた。

一年前の春に、この場所であかりと桜を見た。満開の桜を前にして珍しく沈んだ様子で「寂しいよ」と言っていた。高校を卒業して、お互いの将来がどうなるか、まだ分からない頃のことだった。泣き笑いのような顔を浮かべているあかりを安心させてやりたくて、いつかまた、桜を一緒に見ようと言っていた。ただの口約束だ。具体的な約束じゃなかった。

「瑛くんとまた、こうして桜が見られてうれしい、な」

一年前みたいに、あかりは泣いていない。笑っている。けど、どこか、泣き笑いのように見えなくもなかった。あかりはこう見えて案外頑丈なヤツで、女の癖に、結構動じないというか、へこたれないところがあって、そういうところが嫌いじゃなかったりするんだけど、時々、こんな顔をする。笑っているのに、どこか寂しげな泣き笑いみたいな顔。眉を八の字に下げて笑う姿に、いつかの、浜辺で泣いていた子どもの頃の姿が重なる。ああそうだ、あの頃の印象のせいだ。夕暮に染まる浜で一人で泣いていた。安心させてやりたくて、ひとつ、約束をした。あの頃と変わっていない。あかりも、俺も。
笑顔が、見たかったんだ。
のちに“マセガキ”ととことんからかわれる破目になる約束。一年前に、桜を寂しそうに見上げていたあかりに言った台詞。それから、ひと月前に交わした約束も、全部、たったひとつの理由に繋がっている。
だから今も、同じように口にしていた。

「また、来ような?」

澄んだ黒目がちな瞳で見上げてくるあかりの顔を覗き込みながら、言った。
あかりが訊ねる。

「……約束?」
「ああ、約束だ」

来年でも、何度でも。こうして桜を見に来よう。
もう、“これからどうなるか分からないけど”と言っていた高校の頃とは違う。「ずっと一緒にいよう」と約束を交わした。あの、灯台で。あの台詞に嘘はない。その証拠にあかりの首元には青銅色の鍵が光る。

「……うれしいな」と言って、やっぱり泣きそうな顔で笑うあかりに顔を寄せて口づけた。いつかの約束を再現するように、約束にキスを重ねる。あの頃重ねたキスの魔法は叶った。だから、今回の約束も叶うと思う。いや、叶えるんだ。きっと。

驚いたように目を見張ったあかりが恥かしそうに目を伏せた。それを認めて、もう一度、キスを落とした。約束を重ねるように。




約 束 の 春
まろさんへ捧げます。
→あとがき

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