春の約束 -3-
「……ね、瑛くん」
「……何?」
「今日は、ごめんね」
思わずあかりの顔を見た。
「何で、謝るんだよ」
「だって引っ越しの準備で忙しいのに、付き合わせちゃったみたいだから……」
「そんなこと……」
そんなことはない。花見には来たかったし、何より、あかりと出かけたいと思っていた。
忙しいというのは、本当だった。引っ越しの準備のことも。高校を卒業して、春からはまた実家を離れてこっちの大学に通う準備をしていた。大学にはアルバイトをしながら通おうと思う。今はまだ、またじいちゃんの家の世話になっているけど、生活に余裕が出来たら一人暮らしを始めたい。いつまでも甘えている訳にはいかないから。
そう言う訳で、大学が始まるまでの間、実家とこっちを行き来して、春からの生活の準備に明け暮れていた。忙しかったのは本当だ。引っ越しのことも。でも、それは俺個人の問題であって、あかりが謝る必要なんか、全く無かった。
「……そんなこと、ないよ」
そう言ってやると心なし、心細げな黒目がちな瞳が見上げてきた。
「俺も、おまえと桜を見たかったから……」
「瑛くん……」
風にそよいで桜の花びらが二人の間を舞っていた。何だか、妙に甘ったるい空気が流れた。見つめ合っていたら、何だか、本当にバカップルみたいな気分になった。というか、多分、傍目にはバカップル以外の何者でもない気がする。気を取り直すように視線を外した。誤魔化すように口を開いた。
「その、いい天気、だな!」
「え? う、うん……」
釣られたようにあかりも視線を空にめぐらせる。日差しに目を細めるようにして、何度か瞬きを繰り返す。
「そうだね、お昼寝日和、だね」
確かに日差しが明るくて暖かかった。あかりと同じように目を細める。
「そうだな。昼寝したら気持ちいいかもな」
そんなことを話していたら、本当に眠くなってきた気がする。そうえいば、最近はばたばたしていて落ち着くことがなかったし。
他愛ないやり取りだったけど、その他愛ないやり取りの延長で、あかりが、ふと思いついたように言った。“あ、そうだ”とでもいうように。
「膝枕、する?」
――またかおまえは。
条件反射みたいなもので、頭を振っていた。
「い、いいよ、そんなの!」
「でも……」
「膝枕とか……その、バカップルみたいだろ……!」
頭に血が上って、カッとなってまくしたてていた。ふと、目を上げるとあかりが、しゅんとした顔で落ち込んでいた。八の字に下がった眉を見てハッとなった。こんな、悲しそうな顔をさせたい訳じゃない。なのに、さっきの団子の件といい、俺はあかりにこんな表情をさせてばかりだ。高校の頃とは違う。今はもう、付き合っているというのに。そうして、あかりが悲しそうに口にした台詞が胸に刺さった。
「……でも、わたしたち、カップルだよ」
顔を俯けてしまったせいであかりのつむじしか見えなかった。小さな手が自分のスカートを握りしめるようにしていた。桜の色に合わせたような小花柄のスカート。名前を呼んだ。
「……あかり」
返事はなかったけど続けた。もしかすると、告白するときよりも照れくさいかもしれない台詞だった。
「…………その、やっぱり……お願いします」
「えっ?」
あかりはパッと顔を上げて聞き返してきた。頼むから聞き返してくれるな、と思う。こんな恥かしい台詞の場合は特に。でも、続けた。
「だから……膝枕」
顔から火が出るんじゃないかってくらい恥かしかった。居たたまれなくて、じっとこっちを見つめてくるあかりから目を逸らした。ややあって、くすくすと笑う気配がした。恥かしいのに、やけっぱちな気分がプラスされる。笑うなよな。こっちがどれだけ恥かしい思いをしてると思ってるんだ。
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