09.背中



※卒業後のイチャラブと思って下さい。
※※状況的にRですが非常にぬるいし寸止めです。
※※※それでもオーケーな方のみご閲覧ください。




淡い小花柄のワンピース。薄いなめらかな生地の上に愛らしく花が散っていて、その服はあかりの雰囲気によく合っている。よく似合っていて、好きな感じの服だけど、今ばかりは厄介に思う。

「瑛くん、どうしたの?」

向き合って、あかりが問いかけてくる。あかりの頬は上気して、ほんのりと赤い。心なしか目も熱っぽくうるんでいるような……別に風邪を引いているということはないと思う。それまでしていたことのせいだ。

どうしたの、と訊かれて、さて、どう答えたものかな、と固まってしまう。正直に打ち明けるのは何だか格好がつかなくて、したくない。かといって無理を通すのも気が引ける。目の前の服は見た目の印象通り、可憐で繊細そうだったので。無理を通したら、それこそ破いてしまいそう。

「……ごめん」
「えっ」

結局、正直に言うことにした。恥かしくてバツが悪くて、相手の顔を見られない。

「この服の構造が全く分からない」

かわいい見た目の小花柄のワンピースは、脱がせるとなったら、ひどく厄介な代物だった。首元のリボンも、胸元の小さなボタンも、かわいいけど、かわいいから、手を出すのに抵抗がある。それでなくても、服を脱がすなんて作業は初めてだったから、ハードルが高いのに。その上、脱がし方が分からないなんて、もう、お手上げだった。

「その、だから……脱がせられなくて……」

ぼそぼそと打ち明けたら、あかりが向かいで笑う気配がした。

「……瑛くんのエッチ」
「わ、悪いか! 男は誰でも多かれ少なかれ、そうなんだよ!」

あまり指摘されたくない、痛いところを突かれて思わず声を上げていた。あかりが少し後ろの方へのけ反るように肩をすくませたのを見て、ハッと我に返った。かっこ悪すぎる。バツが悪くなって大きな声を上げてる、とか。

「……ごめん。あのさ……」
「なに?」
「イヤか?」

ちゃんと向き合ってあかりの目を見て訊く。

「イヤなら、無理強いはしない。やめるけど……」

ここまで来てやめるのは残念だけど。残念すぎるけど、やっぱり、無理強いはしたくない。
あかりは、ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返してから、頭を振った。

「ううん、いやじゃないよ」

そうして少し笑って付け加える。

「……ちょっと、こわいけど」

黒目がちな目が悪戯っぽく輝く。けど、冗談っぽく言って見せているけど、『こわい』というのも本当だと思う。長く一緒にいるにつれ、そこら辺の機微は分かってきた。手を伸ばしてあかりの髪を撫でた。なるべく優しく。労わるように。気持ちが伝わるように。

「なるべく、ゆっくりするから」
「瑛くん…………」
「その、痛くないように……ってのは、さすがに無理かもしれないけど、なるべく優しくするから」

言いながら、だんだん恥かしくなってきて、後半はほとんど消え入りそうだった。髪をなでられながら、あかりがくすくすと笑う気配がした。恥かしくて顔を見れないでいたのに、こいつと来たら……。

「おま、笑うなよ! 人が真剣に……」
「分かってる」

相変わらず、くすくす笑いながら、「分かってるよ」と言って、あかりが抱きついてきた。胸に頬をすり寄せるようにしながら、囁かれた。

「優しくしてね。ゆっくりしてね。あんまり、痛くしないでね」
「う、うん……」

抱きつかれて、思わず硬直してたけど、おそるおそる、あかりの背中に腕を回した。回した腕が随分余った。そんな事実から、こんなに小さいんだ、と実感してしまう。大切にしなきゃ、と思う。大切にしたい。そっと、回した腕に力を込めて、抱きしめた。あかりのつむじに鼻先を埋めて息をつく。

「えっ……と、痛くしたら、ごめん」
「痛いのはヤダなあ……」

腕の中であかりのくぐもった声が聞こえる。頭に埋めていた顔を離す。弱り切って、あかりの顔を覗き込むようにして訊く。

「やっぱ、やめる?」
「…………ううん」

胸に顔を埋めながらあかりは頭を振った。あかりの頬に手を添える。手に促される様にあかりが顔を上げた。黒目がちな目が熱っぽくうるんでいる。そこに一つの感情を見てとって、途端に嬉しくなる。……たぶん、自惚れじゃない、とは思う。
見つめ合って、顔を寄せる。あかりが瞼を伏せる。頬に睫毛の影が落ちる。頭がくらくらする。目がくらむ。触れ合った部分がやわらかい。
離れがたい思いで顔を離した。しばらく沈黙して、改めて、あかりの服に視線を移した。

「ごめん。服の構造が分からなくて……」

あかりがくすくすと笑う。笑いながら、言った。

「脱がし方、教えてあげる」

笑顔の屈託のなさにくらべ、言われた内容はなかなかとんでもない。思わず心臓が跳ねた。ぼうっとしていたら、手を掴まれて誘導された。小さくて白い手。桜貝のような爪の艶やかさに目を奪われる。

「まずは、首元のリボンをはずします」
「あ、ああ、うん」
「間違えて、首を締めないでね」
「しないし、そんなヘマ」
「次は胸元のボタンね」
「小さいボタンだな……」
「そう小さいんです。しかも上半分は飾りボタンだよ」
「えっ、そうなのか!?」

じゃあ、一体どうやって外したら……というか、どうやって脱がしたらいいんだと頭を抱えてしまう。こっちの葛藤は余所に、あかりは、くるり、と背中を向けた。まさか、やっぱりやめる、とか言いだすんじゃないかと内心焦った。

「ちょ、おい……!」
「背中にね、ファスナーがあるの」
「…………ああ、ファスナー。ファスナーね、なるほど……」
「瑛くん、どうかした?」
「いや、何でも……」
「?」

肩越しにあかりは不思議そうに小首を傾げて寄越す。それから、短めな髪をかきあげて、言った。

「ごめんね、瑛くん。背中のファスナー、一人だと外せないから、外してもらっても良い?」
「うなじ……」
「瑛くん?」
「あ! ああ! ファスナーな? 分かった」

やばい。思わずうなじに見惚れたとか、言えないし。普段隠れた部分とか、威力が半端ないと思う。
背中の小さな金具に手をかける。

「じゃあ……失礼します」
「何で敬語なのー?」
「いや、何となく……」
「変なの」

くすくす、とあかりは屈託なく笑っている。人の気も知らないで、こいつ……と思わなくもない。

……ちょっと待て。

ファスナーを下ろしながら、ふと、気にかかった。実際に口に出して言う。

「ちょっと待て」
「ん? なあに?」
「この背中のファスナー、一人じゃ外せないんだよな?」
「うん、そうだね」

あかりは屈託なく頷きを返してくる。

「え、じゃあ、誰に手伝ってもらってるんだよ?」
「え、お母さんとかだよ」
「ふうん、そっか」

そっか、お母さんか……。ま、そうだよな。それが妥当っていうか……。

「あと、お母さんがいないときは、遊くんにお願いするときもあるかな」
「……ちょっと待て」
「ん、なに?」
「遊くんって、確かお隣の……」
「うん、そう。お隣の遊くん」
「バカ!」
「きゃっ」

渾身の力で声を上げたら、あかりが肩をすくませた。

「おま、他の男にそんなことさせるなよな……!」
「お、男って、遊くんは中学生だよ!? 最近までまだ小学生だったし……」
「バカ! こういうのは、年は関係ないんだよ! 幾らガキでも、男は男なんだから!」
「もう、さっきから、人のこと、バカバカってひどいよ!」
「ひどいのは、おまえだろ! ああもう……」

説得しようとしてるのに、全然見当違いの方向で頬を膨らませているボンヤリに、頭を抱えてしまった。
本当に頭を抱えて俯いていたら、衣擦れの音がした。あかりの膝が見える。振り返って、こっち側に体の向きを変えたらしい。

「ね、瑛くん」
「……何だよ。この鈍感天然ボンヤリ」
「さっき、幾ら子供でも、って瑛くん言ったよね」
「それが何だよ」
「瑛くんも、そうだったの?」

顔を上げる。黒目がちな目が上目づかいに見上げていた。割と真剣な表情。ふざけても、茶化しているようにも見えない。

「あのとき、一番最初に出会った時も、そうだったの?」

あのとき、というのが、いつのことを指しているのか、ちゃんと分かった。珊瑚礁の前で出会い直したときとは違う。それよりもずっと前、まだお互いが子供だった頃の話。一番最初の話。
あの日の夕日の明るさをまだ憶えている。あの日、憶えた感情も。
しばらくの間、あかりの顔を見つめてから、視線を逸らした。

「……そうだって言ったら、引く?」

ふっ、と息をつく気配がした。

「ううん!」

そのまま、ぎゅっと抱きつかれた。

「引かないよ、うれしい」
「ば、バカ……」

うろたえて、声が上ずってしまう。しばらく手のやり場に困って、結局、また背中に回した。あかりが笑顔で見上げてくる。軽く首を傾げながら訊いてきた。

「服、脱がせてくれないの?」

ああ、もう……。こいつって確信犯なのかな。そうだとしたら、相当だと思う。けれど、ボンヤリなこいつに、そんな芸当が出来るとは思えないし、思いたくない。

「……いいけど、ただし、一個、条件がある」
「なに?」
「俺以外の男には服に触らせないこと。ファスナーを下ろすなんて、言語道断な」
「……瑛くんのヤキモチ焼きさん」
「あ、当たり前だろ! 普通、自分の彼女にそんなこと、許さないだろ……!」

声を上げたら、あかりは面白そうに、けらけらと笑っている。こいつ……。

「うん、分かったよ。これからは気をつけるね」

思いのほか、素直な返答。諸々の言いたいことを辛うじて飲みこんで、頷いた。

「…………なら、よし」

あかりはもう一度後ろを向いて「じゃあ、お願いします」と背中を向けてくる。小っぽけなファスナーに手をかけながら、本当に分かってるのかな、このボンヤリは……とまだ少し心配だった。ファスナーから覗く白いなめらかな背中が扇情的で、ひどく厄介。ほとんど懇願するような思いで白い肌にキスしたら、やけに甘ったるい声が耳をくすぐった。ああ……。ほんと、厄介だな、って思う。厄介だけど、やめたいとは思わないし、もちろん、手放したくなんかない。ほんと、どうしようもない話だと思うけどさ。




2011.10.28
*粘りましたが、結局寸止めエンドでしたズコーッ!
**状況の割にぬるいし、鼻で笑っちゃう感じのero状況でごめんなさいごめんなさい。僕の限界でした……でもこんな感じで、末永くイチャイチャすればいいじゃないの、と思います。切に願います。
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