ありがとうと、いつ言えばいいのかな 彼は帰ってきた。前触れもなく、突然に。 帰ってきた彼を前にして、彼女はぐずぐずと泣きだした。告白後の高揚感だとか興奮も少しだけ落ち着いて、まるでダムが決壊するような泣き方だった。この一月ばかり、ため込んでいた感情がついにあふれたみたいな泣き方。少年も流石にそういうことを察した。それでも、突然の涙にやっぱり面食らっていた。 「バカ、泣くなよ……」 「バカは佐伯くんだよ、バカバカバカ!」 「おまえ、この期に及んで子供かよ……分かった、分かったから、叩くな!」 ぺしぺしという間の抜けた音が似合うやり方で少年の背中を叩いていた少女が、ぐっと喉を詰まらせて、小さく呟いた。 「黙っていなくなっちゃうなんて、ひどいよ……」 口にした途端、じわりと新しい水滴が目尻からあふれた。少女の言葉は少年の胸を深くえぐった。――自分でしたことが、自分に返って来たんだ。少年は目を伏せ、手を伸ばすと、指先で少女の涙をそっと拭った。 「……ごめんな」 「…………うん」 「一人にして、ごめん。さみしい思いさせて、ごめんな?」 「…………許さない」と少女は言った。「さみしかったから、これからはずっと一緒にいてね? わたしが許すまで」 「……ああ」 ――約束だ、と少年は言った。少年の熱い手のひらに頬を挟みこまれながら、少女はもうほとんど少年のことを許している。本当は、戻ってきてくれてありがとう、と伝えたい。なのに口を開けばこんな風に憎まれ口になってしまう。ずっと会えなくてさみしい思いをしたのも本当だ。だからという訳ではないけど、まだしばらくは、こんな風に憎まれ口を叩いてしまうのだと思う。内心で言い訳をして、少女は瞼を伏せた。あと、もう少しだけ。 [2011.04.30] c'est fini! back / next index |