黒い瞳



子どもだった頃、俺たちには女の子の友達がいて、一緒にかくれんぼして遊んだその子は黒目がちの大きな瞳をしていた。見上げるその目はまるでいつも泣いているみたいに濡れていて、その目に見つめられると俺はどうしたらいいのか分からなくなった。その子の黒い瞳が好きだった。この世の良いものをひとつところに集めたみたいに見えるその目が。


優しい約束は優しい記憶のまま、思い出にしてしまえば良いのだと思った。そうしてしまえるのなら、その方が良いのだと思っていた。それが逃げでしかないと気づいていても、言い出すことが出来なかった。子どもの頃は言えた言葉も今では言えない。自分に先があると信じてさえいない癖に、そんな人間に、先の約束なんて出来るはずもない。


* * *


俺の同級生は黒目がちの大きな黒い瞳をしていて、見上げるその目はまるで泣いているみたいにつやつやと濡れて光沢を放つ。嘘じゃない。あの日、教会で再会したとき俺はあの黒い瞳を見た瞬間、記憶のあの子だと気づいてしまった。
彼女の友達が彼女のことを“バンビ”と呼んでいたのを聞いたことがある。バンビ。子鹿。そのあだ名から連想されるのはアメリカのアニメ映画で、確かに似ている気がしなくもない。黒目がちなところとか、確かにそんな感じがする。けど、もっと似てると思うのはイルカだったりする。別に何かのひいき目とかではなく。黒目がちの大きな瞳、濡れているような目、そうして、静かに側にいてくれること。昔も今も変わらず。イルカは人を癒すという。あいつとイルカが似ていると思うなんて、何だかまるで癒されたいみたいで、かっこわるい。でも、

「琉夏くん」

屋上の縁に座って空を眺めていると、彼女の声がする。下の方から。高いところが好きで、別に怖いと思ったことはない。けれど彼女は心配げにこっちを見上げる。彼女の名前を呼び返して軽く手を振った。心配げな目は治らない。

「そんなところにいたら危ないよ」
「そんなことないよ」

高い場所が好きだ。地に足がつかないところとか、現実味が薄いような感覚がいつも離れない。地面が遠い不安定な場所はだから、むしろ居心地が良い。こっちの方が自分の居場所なんじゃないかって。バカなことを思ってしまう。分かってる。どうかしてる。
心配げに見上げ続ける彼女に笑顔を向ける。心配に呆れの色が混じる。“もう”って言ってくれないかな。心持ち小首を傾げて、胸の前で腕を組んで。あるいは腰に手を当てて。唇を尖らせて。そんなまるで漫画みたいなシチュエーションとか仕草が似合いそうだ。そんな風に分かりやすく呆れて見せて欲しい。理由なんて聞かれても分からない、ただ、彼女のそんな顔が見たいだけ。我ながら、どうかしてると思う。どうかしている、そんなことを思うのは今に限った事じゃない。

「よっ・・・・・・と」
「琉夏くん!?」

弾みをつけて、給水塔の上から飛び降りた。悲鳴みたいな彼女の声が聞こえた。聞きたいのはそんな声じゃないのにな、と着地しながら思った。

「危ないよ琉夏くん!」
「余裕だよ、これくらいの高さ」
「そういう、問題じゃないよ・・・・・・」

彼女は目を伏せてしまった。涙目を見られないように、そうしたのかもしれない。けれど、そんな姿が無性に嫌だと思った。まるで子どもが駄々をこねるみたいな衝動で、

「美奈子ちゃん」

彼女の名前を呼んで、手を伸ばして顔を上げさせていた。

「琉夏、くん?」
「心配かけて、ごめん」

彼女は黒い瞳を何度か瞬きさせた。その拍子に目尻にたまった雫がこぼれてしまいそうに見えたけれどこぼれなかった。ただ、黒目がちな目がつやつやと光っていた。さっきまで感じていた不満のようなものが嘘みたいに消えていく。何て現金なんだ。我ながら。呆れ果てる。けど――、


もう気づいてる。本当は。出会い直したときから。ずっと。気づいていた。小さな頃のままの黒い瞳がこっちを見つめているのを見つけてしまったときから。俺はこの黒い瞳が好きで仕方がないのだと。子どもの頃から、今でさえ変わらず、ずっと。
理由も何も無い、ほとんど刷り込みみたいに。本能的に。



2011.01.05

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