こういうことになるっていうのは大体予想出来ていたことで、それなのに、なんでこんなことになっているのかというと、まあ、理由ははっきりしている。


ということで以下、回想――、


昨日の帰り道のことだ。例によってあかりから声をかけられて、一緒に帰っていたら、あかりが「あのね……」と切り出してきた。


「なんだよ」
「わたし、よく考えてみたんだけど……」


そう言ってあかりはこっちを見上げてきた。こいつにしては割と真剣な表情で、その真剣な二つの目に夕焼けの橙色の光が映り込んで、まあ、不覚にも見とれそうになった。本当に、不覚にも。


「あのね……わたしたち、付き合わない?」
「……は?」


けれど、その魔法にかけられたような夢見心地な気分もあかりがとんでもないことを言い出したせいで吹き飛んだ。
付き合う? 
どういう意味で? 
オーソドックスな意味か、それとももしかして、言葉そのものの意味か。
しばらく考えて口を開いた。


「分かった。『買い物に付き合って〜』とか、そういうオチか」
「違います!」


即座に否定された。


「付き合うって言ったら、そのままの意味だよ。カップルになるとか、恋人同士になるとか、そういう普通の意味」
「こ、こいびとって、おまえ……!」


思わず声が上ずった。まじまじと目の前の、あかりを見つめる。本気なのか。冗談とか、からかいじゃなく。一体どういう思考回路をしていたら、本気でそういうことを口にできるんだ。しかも、さらっと。


「……本気か」
「本気だよ。嘘言ってどうするの」


ため息をついてしまう。首に手を回す。首筋をさすって、あかりに目を戻す。


「一体、なんのつもりだ?」
「そう、それ。どうしてわたしがこういう提案したかというとね……」


やっと確信に迫ったとでもいうような表情。どこか、とっておきの悪戯の相談をするような目の輝きようで、訊く前から、『ああ、きっと碌でもないんだろうな』と思ってしまうような。あるいは、こっちも釣られて、胸を高揚させてしまいそうになるような。


「佐伯くんは、すごく忙しいでしょ?」
「まあ……確かに、忙しいな」


それは疑いようのない事実だったので頷いた。あかりも頷きを返し、言葉を続ける。


「珊瑚礁のお仕事も忙しいし、成績も落としちゃいけないから、毎日の勉強も頑張らないといけない。学校で問題を起しちゃいけないっていう約束もあるから、学校では優等生を演じてる。……思うんだけど、優等生を演じるのは百歩譲って納得出来ても、そこで王子様キャラにまでなっちゃうっていうのが、個人的には納得できない、かな?」


つらつらと自説を並べ立てる(結構腹が立つことを言ってくれている)奴の頭にチョップしてやりたい思いを我慢して、訊いた。


「何が言いたいんだよ」
「うん、だからね。わたしと佐伯くんが付き合っちゃえば、万事解決するんじゃないかなあって思ったの」


晴れやかな笑顔で、そんなことを言うので、もう我慢が出来なかった。……チョップ決定。文句は却下。


「痛っ!」
「なんで、そうなるんだ!」
「もう! もう少し話を聞いてってば!」
「まともな理屈じゃなかったら、チョップだからな」
「いいです。ちゃんと理屈は通ってるんだから」
「……どうだか」
「信用してよ! あのね、佐伯くんはすごく忙しくて、やらなきゃいけないことがたくさんあるでしょう。お店のこと、勉強のこと。それから、王子様キャラを演じてるから、女の子たちにも優しくしなきゃいけない」
「いろいろ言いたいことはあるけど……で? それで、なんであんな話になるんだ?」
「わたしなりに考えたの。少しでも佐伯くんの負担を減らせないかなあって」
「別に、おまえが気にすることじゃない。俺が好きでやってることなんだからさ」
「でも、手伝いたいの。お店のことは今でも一応精一杯手伝ってるつもり。でも、他にできることがあれば、言ってね?」
「……おまえは頑張ってるよ。十分すぎるくらい」
「……ほんと?」
「ああ。……最初はハラハラしたけどな。いつ皿割られるかって心配で仕方なかった」
「……もう! それでね、勉強のことはは、わたしだと手伝えそうにないし……」
「何故か俺が教えてるくらいだからな」
「このあいだの期末は大変助かりました。ありがとうございます佐伯先生」
「いいよ。つか、何だよ。そのノリ」
「それでね。問題は最後の、女の子たちのこと」


ずい、と人差し指を目の前に突きつけられる。


「いっそのこと誰かと付き合っちゃえば、解決しちゃうんじゃないかな?」


確かに、学校の行き帰り、休み時間、昼休みの昼食タイム、その他エトセトラエトセトラ……いつもまとわりつかれる女子から解放されたら、それはもうせいせいするだろう、と思わない日はなかった。何か良い方法はないか。探していたのは事実で……。
だが、しかし。


「……そんなにうまくいくかよ」
「案外、良い方法だと思うんだけど?」


こいつはことの重大さに気付いていないんだろうか。さっきも、まるで世間話の延長みたいに、さらっと言いやがった。


――“付き合おうか”って。


俺なら言えない。そんな勇気は、まだ、ない。それも世間話みたいに、何の気なしに言うことなんて、とても――。


……なんか、腹立ってきた。


そりゃ、付き合いたいけどさ。付き合えたら嬉しいだろうけど。……嬉しすぎるだろうけど。
向こうは覚えてないみたいだけど……こっちはあの日、浜辺で会ったときから、ずっと好きだった訳で。
付き合えたら、どれだけ嬉しいだろうなんて、そんなこと、今まで何度も考えていたことだ。それをこいつと来たら、さらっと軽く言ってきて……。

なんか、全然、歯牙にもかけられていないようで、ムカつく。



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