「10分、だって」
「10分?」
「乗ってる時間」


要するに、所要時間。あかりが目を向けている看板に同じように目を向ける。確かにそこには所要時間10分と書かれていた。10分……10分、ね。


「けっこう長いよね」
「……ああ、うん」


つまり、10分もあるのか、という意見。分からなくもない。だって、ゴンドラの中は密室なのだし。そんな中での10分。確かに、それは案外長いかも知れない。
だけど逆に、10分なんてあっという間だ、という意見だって分かる。
一体どっちかな、と思う。どっちもある気持ちのような気がして、判断に悩む。

そうこうして乗り込んだゴンドラは、やっぱりこじんまりとした見た目通り、けっこう狭くて緊張する。あかりは景色を見ている。しばらくして、しんみりとした口調で言った。


「……お日様が沈むね」


釣られて、窓の外を見た。


「そうだな」
「もう少しで、今日もおしまいだね」
「……そうだな」
「少し、さみしいな」
「……なんで?」
「だって、約束の一週間は今日でおしまいだから」


そう言った。本当に何かを惜しむような口調で。


「今日が終わっちゃうのが、さみしい、な」


また、自覚なしにそういう迂闊なことを言う。
あかりは無防備に背中を向けて、遠く広がる海を眺めている。あかりの輪郭が水平線に沈みそうな夕日に染められいる。……本当に無防備だ。腹が立つくらいに。
こじんまりとしたゴンドラは向き合って座っているだけでも、充分に距離が近い。立ち上がってあかりの隣りに座った。ゴンドラが不安定にきしむ。窓に指先を触れさせたままあかりが顔を上げた。黒目がちな瞳が不思議そうに見上げてくる。


「佐伯くん?」
「……朝、おまえ言ってたよな」
「?」
「恋人らしいことがしたいって」


厳密には、『恋人らしいことがしたい』『そう思っていた』――そういう風に過去形だったけど。
一緒に登下校して、昼食も一緒に食べて、週末は、いわゆる“デート”をして……そういうのが、恋人らしいことだと、あかりは言っていた。けれど、世間一般の恋人たちがしている恋人らしいことはそれだけじゃない。


「おまえは分かってないみたいだったけど、恋人らしいって“こういうこと”だよ」
「あの……佐伯くん……」
「教えてやる」


そう言って距離を詰めた。あかりの顔に影が落ちる。夕日の色に染まる白い頬に手を添えて、あたたかみを感じる橙色を遮る。黒目がちな瞳が不安そうに揺れた。顔を寄せると、大きく瞬きをして、目をぎゅ、と強く瞑った。離れていたときは感じなかった、何か花のように甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「……ダメ!」


強く胸を押されて突き放された。あかりは夕日に染められてもはっきり分かるくらい顔を真っ赤にしていた。分かってた。こんなのは、フリでする恋人同士の範疇を超えている。だから、あかりのこの反応だって当然だ。分かってたけど、押された胸が痛くてしょうがない。


「……おまえが言ってたことはこういうことだよ」


体を起こしてあかりから距離を取った。


「……これで分かっただろ」
「佐伯くん……」


……俺も、分かった。やっぱりあかりは無自覚だったんだ。自覚して言っていた訳じゃなかったんだ。
あかりに顔を背けたまま言った。


「あんまりさ、迂闊なことするなよ。特に、こういうデリケートな問題に関してはさ」
「こういう、って?」
「おまえにその気はなくても、勘違いする奴がいるかもしれないだろ」
「佐伯くん……」


そんな訳はないと思いながら、半分くらい、心のどこかで期待していた。あかりも同じ気持ちなんじゃないかって。――今日が終わるのが、さみしい。そういう風に呟いていたから、もしかしたら俺と同じ気持ちなんじゃないかって。つい期待してしまった。でも、そんな訳ないんだ。だって相手は天然で無自覚な奴なんだから。分かってた。なのになんでダメージを食らってるんだ。



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