珊瑚礁でしばらく時間をつぶして、頃合いになってバス停に向かった。
空には雲一つない。今日は良い天気になりそうだった。隣を歩くあかりが空を仰いで笑いかけてくる。

「デート日和だね!」
「でっ……」

デート、とか。どうしてこいつはこんなに恥ずかしいことを平気で言えてしまうんだろう。
休日に待ち合わせをして、連れ立って遊園地に向かう……そりゃあ確かにデート以外の何でもないかもしれないけど、少しくらい照れたりしないのかな。
あかりと約束した、一週間だけ恋人の“フリ”をする最終日。今日が終われば、こんな恥ずかしい思いをすることだってなくなる。
そう自分に言い聞かせた途端、何故だか胸が痛んだ。ちょっと待て……。こんなふざけた関係、早く終われば良いと思っているはずなのに、何で、こんな気持ちになっているんだ。


「佐伯くん、バス来たよ」
「え? ああ、うん……」


違和感を覚えたままバスに乗り込んだ。休日のせいか、バスの中は結構混んでいてあかりと並ぶように立ちながら遊園地に着くのを待った。あかりは「楽しみだな」と呟くように言った。


「遊園地なんて久しぶりだよ」
「俺も……そうだな」


遊園地なんて、一人で行くものでもないし、そういえば随分久しぶりな気がする。


「楽しみだね」


先と同じことを言ってあかりが笑いかけてくる。咄嗟に頷きそうになった。
思い直して「お子様」とだけ返した。あかりが「何よ!」と頬を膨らませる。
そんな反応を見て、何故だか胸をなで下ろしている。一瞬、頷きかけた。――楽しみだね。ああ、楽しみだな。何だただのバカップルかと言われても仕方ない会話だと思う。
というか、楽しみなんだろうか。俺は今日の遊園地を楽しみにしてるのか?
飲み込みきれない違和感を抱えたまま、遊園地に着いてしまった。先だって歩くあかりを追いかけるようにバスを降りた。







あかりはクレープを頬張っている。絶叫系のアトラクションに乗って、ゲームコーナーのクレーンゲームで飴の類いを乱獲して、ひとやすみに売店でクレープを買って適当なベンチに座って休んでいる。
うまそうに頬張っている顔を見ると、聞くまでもないと思ったけど、一応聞いてみた。


「うまいか?」
「うん、おいしいよ」
「良かったな」
「うん」
「…………食いしん坊万歳」
「聞こえてるよ佐伯くん」


きつね色の薄いクレープ生地に、たっぷりの生クリームとカットフルーツ。
あかりは加えてバニラアイスにチョコシロップまで追加してみせた。ただでさえ甘そうなのに、余計に甘ったるそうなクレープをあかりは頬張って幸せそうに目を細めている。……ほんっと、こいつって考えてることが分かりやすいよな。夢中で食べている様子がやっぱり小動物っぽく見えて何だか笑えてきた。
視線に気がついたのか、あかりが顔を上げた。頬張ったクレープを咀嚼して飲み込むと、軽く首を傾げて見せた。


「佐伯くん、もしかして、クレープ食べたいの?」
「違う」
「そう? 食べたいなら、一口あげるよ?」
「いいって。つか、食べかけだろ……」


そんなの間接キスじゃないか。そんな危うい橋は渡れない。あかりはきょとんとした顔をしたまま、またクレープに戻った。手の中のコーヒーを飲み干す。
辺りには家族連れにカップル、着ぐるみの従業員が闊歩していて、パーク内は賑やかだった。けれど、ちらほらとエントランスに向かう客も増えてきている。もうそういう時間帯なんだ。クレープの残りを食べ終わったあかりに声をかける。


「……そろそろ日が暮れるな」
「そうだね」
「次でラストかもな」


ぽつり、呟いた台詞に、もう一度「そうだね」と返された。――そうだよな。あかりと同じように、ただし内心で頷いた。少し残念に思っている自分がいる。時間が過ぎるのが惜しいような。この、約束の一日が終わってしまうのが、名残惜しいような。まただ。遊園地に入る前に感じた胸の痛みが戻ってくる。
辛気くさくなってしまった気分を一掃するように明るい声を上げた。


「よし、じゃあラスト、何に乗りたい? リクエスト、聞いてやる」


あかりの顔がぱぁ、と輝いた。すかさず返答があった。


「メリーゴーランド!」
「それは却下」


条件反射に条件反射で返す。あかりが唇を尖らせる。


「何でもって言ったのに〜」
「言ったけど、あれはダメ。絶対、ヤダ」
「そんなぁ」


肩を落としてしょげ返っている姿を見ていたら、だんだん、つきあってやろうかな……という気分になってきた。乗りたいって言ってるし。リクエスト聞いてやるって言ったし。
考え直し始めていたら、あかりが顔を上げて言った。


「じゃあ、あれは?」
「あれ?」


あかりが指さした方を見る。こじんまりとした、けれど、館内ではそれなりの大きさを保つモニュメント。


「観覧車?」
「うん」


さほど好きな乗り物じゃない。かといって、物凄く抵抗がある乗り物、という訳でもない。少なくとも、今度は条件反射で却下することはなかった。


「じゃ、行くか」
「うん!」


背後で上がった屈託のない声を耳におさめて、歩き出した。



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