「……恋人らしいことがしたいな」


一緒に朝ごはんを食べて(言葉にすると凄いことに思えるけど、実際の俺たちの間には浮ついた空気なんて一切流れていない。酷いことだ)、食後のコーヒーを淹れてやって一息ついていたら、あかりが何でもない風な顔をしながら爆弾発言をしてきた。危うくコーヒーを吹き出しそうになった。相変わらず、奇襲が上手なことで。

「……ってね、思っていたの」

あかりはやっぱり何でもない風に言って、こっちに視線を向けてきた。いつもの表情の豊かさは影を潜めて、凪いだ海みたいに落ち着いた目。向こうの意図が分からなくて、困惑してしまう。

――恋人らしいことがしたいな。
――ってね、思っていたの。

一応確認してみる。

「…………過去形?」
「うん、そう」

ああそう……。あかりが頬づえをつきながら喋り始める。

「わたしになりに色々考えてみたんだよ。放課後は一緒に帰る。登校も一緒。お昼は手作りのお弁当を一緒に食べて、放課後は一緒に帰るだけじゃなくて、ちょっとデートして……」

指折り数えながら言う。……放課後のアレはデートじゃないぞ、と弁解したい自分がいる。

「……それがおまえが考えた“恋人”らしいこと?」
「うん、そう。だけど……」
「だけど?」
「よく考えたら、わたしたち、“恋人”同士じゃなくても、同じことしてるみたい」
「………………」
「一緒に帰ったり、寄り道したり……週末も、こうしてお休みの日はよく会っていたし」
「………………」
「だから、“恋人”らしいことって何だろうって、よく分からなくなっちゃった」

あかりが言いたいことは、何となく分かる。一緒に登下校して、お昼も食べて、週末は、いわゆる“デート”をして……世間一般でいう恋人同士の二人がしていること。

けれど、していることだけを挙げてみたら、恋人たちも俺たちも大差ないんじゃないか、と、このボンヤリは言う訳だ。その上で、「恋人らしいことって何だろう」とか、言い出すなんて……幾らなんでも、迂闊過ぎるんじゃないかって思う。自分が言ってることの意味、ちゃんと分かっているんだろうか。……分かって、いないんだろうなあって思う。

思わずため息をついたら、あかりが不思議そうに俺の顔を見つめた。

「どうしたの、佐伯くん。ため息なんかついて」
「……おまえが、お子様過ぎて」

あかりがムッとしたように眉を上げる。

「お子様じゃないよ」
「お子様だよ、おまえは」

一般的な恋人たちと俺たち、あかりが言った以外にも恋人たちがしていることはいろいろあって、そこが絶対的な差だったりする。
「恋人らしいことがしたいな」ってあかりは言っていたけど、本当に分かってるのか、と思ってしまう。だって、これ以上は“フリ”ですることの限度を超えてる。ボンヤリで迂闊なヤツだから、全然分かってないで、言ってるんだろうけど。

「あのな、あかり」
「何?」

はっきり口にするのが怖かった。言葉にしたら、もう戻れないから。
それなのに、あかりはいつも簡単に口にしてしまう。そのことが堪らないな、と思う。

「おまえがもし、本当にそうしたいなら、だけど……」
「うん?」
「その、恋人らしいこと……」

かららん。
言葉を続けようとした瞬間、耳慣れたカウベルの音がした。次いで、耳慣れた声も。

「おはよう、瑛。……おや、お嬢さんも」
「あ! おはようございます! マスターさん」

お邪魔してます、とあかりが席を立ってお辞儀している。カウンターに荷物を置きながら、じいちゃんが俺たちを見て目を細める。

「二人とも、随分早いね。今日は一緒にどこかへ行くのかな」
「はい」
「なるほど。瑛」
「何?」
「ゆっくりしてきなさい。店のことは気にしなくていいから」

そうして何事か分かったような笑顔を俺に向けてくる。きっと分かっているんだと思う。つい数日前にじいちゃんから手渡されたチケットを使って、今日はあかりと出かけようとしているんだから。じいちゃんが今度はあかりに笑顔を向ける。

「お嬢さん、今日は瑛を宜しく頼みます。仲良くしてやって下さい」
「……じいちゃん!」

俺が思わず上げた声に、あかりの「はい!」という元気のいい声が被さった。あかりは声の印象通り満面の笑みだし、じいちゃんも、そんなあかりを見て、笑顔で頷いている。何なんだよ、もう、二人して……とこっちは一人で渋い顔をしているしかない。



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