あかりを一階の適当な席に座らせて詰問を始める。
「……で、何の用だ」
「何って……」
「待ち合わせ時間には随分早いみたいだけど?」
外はまだ薄暗い。まだ朝と言うには早すぎる時間。こんなに早い時間に待ち合わせはしていないし、そもそも、待ち合わせ場所も本来と違う。
「確か、バス停で待ち合わせしてなかったか?」
「だから、さっきも言った通りだよ。少しでも佐伯くんと一緒にいたくて」
何の抵抗もなく同じ台詞を繰り返される。気恥かしいったらない。
「……それは分かったけど、でも、幾ら何でも早すぎだろ。こんなに朝早くから何して過ごすっていうんだよ」
「うん、だから、あのね……」
あかりが手元の大荷物をテーブルの上に置く。中身を取り出しながら言った。
「朝ごはん、一緒に食べようよ」
――朝ごはん?
「おにぎり、たくさん作ってきたんだよ」
そう言って屈託なく笑う訳だ。……ああもう。
「佐伯くん?」
「……ちょっと、顔、洗ってくる」
「う、うん……」
「ついでにコンタクト入れてくるから」
「うん」
「あと、今、寝巻みたいなカッコだから、着替えてくる」
「うんうん」
「……だからさ」
「うん?」
「じゅ、準備して待ってて」
「うん!」
絶対、ズルイと思う。不意打ちの訪問も、不意打ちの朝ごはんも、屈託のない100パーセントの笑顔も全部が全部。あれで無自覚って、ホント酷い。頭を冷やすためにバスルームの扉を閉めた。
○
気持ちを落ち着けて階下に下りる。それを確認してあかりが声をかけてくる。
「あ、おかえり、佐伯くん!」
「……ただいま。なあ、作りすぎだろ、それ」
用意されたおにぎりの山を指して言う。二人分には明らかに多すぎる量。
「うん、あのね、佐伯くん、年頃の男の子だから、いっぱい作ってきたよ!」
「いや、朝からそんなに食べないから……」
「そんなこと言わずに沢山召し上がれ。大きくなれないよ?」
「もう十分大きく育ったから。中身、何?」
「海苔を巻いたのが、鮭。海苔と黒ゴマが振ってあるのが昆布、焼いたやつは焼きタラコだよ」
「ふうん」
何気に好物ばかりだったり。……これだけ作るには、かなり早起きしたんじゃないかな。
「あ、そうだ。お茶どうぞ」
「ああ、うん、サンキュ。何のお茶?」
「昆布茶だよ」
「渋いな、おい」
「本当はお味噌汁が良かったんだけど、流石に持って来れなかったから」
「……俺、朝はいつもパンなんだけど」
「そうなの?」
「うん。でも……いいな、こういうのも」
「佐伯くん……」
あかりからやけにしんみりとした調子で名前を呼ばれてハッとと正気に返った。うっかり迂闊なことを言ってしまった。慌てて取り繕う。
「た、たまにはっていう話だからな!」
「うん、たまにはいいよね」
くすくすと笑いながらあかりが相槌を打つ。ああもう……。
「……いただきます」
「うん。どうぞ、召し上がれ」
一緒に出された昆布茶のせいか、一口食べたおにぎりはどこか懐かしい味がした。そういえば、こんな風に誰かからおにぎりを作ってもらったのは随分久しぶりな気がする。……どうしてこの間は気づかなかったんだろう。あかりが昼休みに弁当を持ってきてくれたときに。
「どう、かな?」
「……おいしいよ」
「本当?」
「ホント。おまえも食べろよ」
「うん!」
あかりが安心したみたいに笑って、おにぎりに手をかける。……どうしてか、胸の内が温かい。こんな風に過ごすのも悪くないって思う。本当に久しぶりに肩の力が抜けているような……そんな気分だった。
>> next
[
back]