携帯の着信音で起こされた。アラーム音じゃない。セットした時間よりもずっと早い……と、思う。部屋の中がまだ暗い。相当早い時間じゃないか、これ?
メガネもコンタクトもしていないせいで、時間も着信相手も分からない。うるさく鳴り続ける電話を取った。
「…………はい」
「おはよう、佐伯くん!」
元気のいい声が耳に飛び込んでくる。反比例するように、こっちの気分は急降下する。
「……あれ? 佐伯くん? 聞こえてる? 佐伯くーん?」
あいつ絶対電話の向こうで手を振ってる。そんな仕草が目に浮かぶようだ。
「……聞こえてるよ。何だよ、何か用か?」
「うん、あのね、佐伯くんにおはようコールしようと企みまして」
「ああそう……」
――おはようコールって。何だそれは。わざわざ電話して起こそうとしてくれたのか。今日これから会う約束もしてた訳だし。何だそれは。…………かわいいじゃないか。
「目、覚めた?」
「……ああ、うん。覚めた」
「よかった!」
「おまえのデカイ声を耳元で聞いてたら、嫌でも目が覚めるよ」
「もう!」
顔がにやけてしまう。目の前にいなくてよかった。こんなだらしない顔見られたら恥かしいし……。
「それでね、佐伯くん」
「何?」
「今から、おうちにお邪魔してもいい?」
「……は?」
こいつ今、何て言った?
家に、
今から、
……来るって?
「だから、佐伯くんの家に今から行ってもいいかなあって」
「……珊瑚礁にってこと?」
「うん、そういうこと」
ものすごく嫌な予感がする。ベッドから下りてメガネをかける。ブラインドを上げて、窓の外を確認する。
「……おまえ、今どこ?」
「えっ?」
「今、どこにいるんだ?」
「あっ、うん、あのね……」
でも、教えられるまでもなかった。
確認した窓の外から、能天気な顔で電話越しに誰かに話しかけているこげ茶色の頭が見えた。
「実は珊瑚礁の前、なんだけど」
「…………マジか」
小声で呟く。窓の外で、窓辺に立ちすくむ俺の姿を確認したらしいあかりがこっちへ向けて元気に手を振っている。……ああもう!
○
甚だ不本意ながら、寝巻代わりのジャージと寝起きの頭とメガネで玄関を開けることになった。
辺りはまだ薄暗くて、朝のかなり早い時間だと思う。そういえばまだ時間も確認していない。
それよりも早くドアを開けなきゃと思ったのは昨日の記憶がぶり返したせいだ。昨日の今日、一人でフラフラほっつき歩くなって注意したばかりなのに、あいつ全然分かってない。
「あ、おはよう佐伯くん!」
屈託のない笑顔。
「…………お・ま・え・は〜〜〜〜」
「痛っ!」
ボンヤリのつむじの辺りに軽くチョップしてやった。まるで昨日の再現と言う風。忠告を何も分かってないらしいから仕方ないとはいえ、何とも言えない気分になる。
「……痛いよ、佐伯くん!」
「“痛いよ”じゃないよ。おまえ、昨日、俺が言ったこと全然分かってないだろ」
「……昨日?」
「こんな朝早くに一人でフラフラ歩いてたら危ないだろって」
「それは……うん、でも……」
「? 何だよ?」
あかりが言いにくそうに手元の荷物を弄っている。……荷物? 二人で出掛けるにしては結構な大荷物だ。
恥かしそうにあかりがぼそぼそとか細い声で言った。
「……その、佐伯くんと少しでも長いあいだ一緒にいたくて……」
顔を俯けていたからどんな表情をしているのか分からなかったけど、ひどく恥かしそうだった。釣られて顔が熱くなる。ああ、もう……。
「と、とりあえず……中、入れよ」
「う、うん……」
お互いにどこかギクシャクした動きで中に入った。さっきのあかりの台詞が頭から離れない。――少しでも長く一緒にいたかった、って。何だそれは。かわいすぎるじゃないか。
深い意味を探ろうとしなくても、深読みしたくなってしまう迂闊な台詞。こいつのことだから、多分深い意味なんてないんだろう。始末に負えないことに。そういうとこ、本当に酷いなって思う。
そういう処が酷いよ
(∴7日目)
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