普段着に着替えて外に向かった。あのまま布団の中にいても眠れなかっただろうし、気分転換の散歩も兼ねて。
朝もやの中、海沿いの道を進む。急がないと、きっとすぐに明るくなってしまう。

砂浜に降りて、歩いて行く。まだ足元は暗い。どんどん足を進めていく。波の音と砂を踏む音が耳に響く。

朝日が見られそうな方向へ、そう思って進むうちに、進む先に人影が見えた。小さい人影。このまま真っ直ぐ進めば正面から対立することになりそう。でも、足を止めなかった。向こうも、足を止めない。どんどん近づいていく。お互いに。

「……佐伯くん」

すぐ近くまで来て、浮かべている表情も、もう分かるほど。……これは、怒っている顔だ。それも、ものすごく。

「おまえは…………」

押し殺したような声。次いで、

「危ないだろ! こんな時間に!」
「痛っ!」

チョップが降ってきた。つむじの辺りに衝撃が走る。手のひらで押さえて、出会いがしらにチョップしてきてくれた相手を睨みあげる。そんなわたしの視線にはビクともせず、佐伯くんは説教を始める。

「こんな時間に、こんな場所ほっつき歩いたりして危ないだろバカ!」
「ウチの近所だから、平気だよ」
「近所でも分からないだろ。最近は物騒なんだから」
「ただの散歩なのに……」
「ただの散歩でも、危ないものは危ないんだ」
「心配性なんだよ、佐伯くんは」

沈黙。何かの地雷を踏んでしまったみたいに。
佐伯くんが目を伏せる。眉間に皺を寄せて苦しそうに呟く。

「…………悪かったな」

その一言は、今の一連の会話だけに対する台詞じゃないみたいに聞こえた。

「おまえは気にならないのかもしれないけど、心配なんだよ。おまえに……何かあったらって思うと…………」
「佐伯くん…………」

夜明けの薄暗い光の中、少し、泣きそうな顔に見えた。

「昨日のこともそうだ」

佐伯くんが視線を海に向ける。まだ光は射さない。

「俺のことを考えてしてくれたことだったかもしれないけど、でも、それでおまえに何かあったら……俺、耐えられないよ」
「何かって?」
「その、女子と気まずくなったら……困るだろ、おまえも、女子なんだし……」
「そんなこと、良いのに」
「いや、良くないだろ……」
「うん……でも、良いのに」
「あかり……」
「わたしは……わたしも、佐伯くんのことが心配で、それでだったんだよ」

目を伏せる。あの日の光景が瞼に浮かぶ。一週間の計画を立てた原因。

「前に佐伯くん、倒れたことがあったでしょ」
「え?」
「体育の時間に」
「ああ、うん、寝不足で……何で知ってるんだよ」
「騒ぎになったから。わたしのクラスにもすぐ伝わったんだよ」
「何だよ……」

佐伯くんがぶつぶつとぼやく。知られていたのが恥かしいみたい。

「佐伯くんが倒れたって聞いた時、怖かった」

わたしはその場にはいなかった。クラスが違うから。話を聞いたのは、放課後のこと。複数の女子グループの間で噂になっているのを聞いた。目の前が真っ暗になった。起きてほしくないことが起こってしまったと思った。

「……怖かったよ」

もう二度と、そんなことはあって欲しくなくて。

「だから、何か佐伯くんの手伝いが出来ないかなあって」

一週間でも、何でも。
わたしが佐伯くんの隠れ蓑になれたらって。

「そう思ったの」


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