ぽすん。
頭に何か当たった。佐伯くんが手をチョップの形にして、わたしを見下ろしている。さっきに比べたら、全然痛くないチョップ。

「余計な気を回し過ぎなんだよ、おまえは」
「……佐伯くんだって」
「俺のは現実的な心配。おまえのは……何て言うか、極端なんだよ。手段が」
「でも…………」
「一週間の約束」
「え?」
「明日まで……だよな?」

今日は土曜日。明日は日曜日。約束の一週間は明日まで。

「明日、おまえ、暇?」
「うん、特に予定はないよ?」
「……じゃあ、付き合って」

言いにくそうに、少し照れくさそうに言った。

「それは……約束だから?」
「……そうだよ。そうだろ?」
「でも、『迷惑』って……」
「蒸し返すなよな…………学校じゃないから、良いんだ」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「そっか……」

何度か一人で頷く。顔を上げる。

「じゃあ、どこで待ち合わせする?」
「じゃあ……バス停で」
「分かった、明日、バス停だね」
「遅れるなよ?」
「うん、遅れないよ」
「うん…………」

どこか安心したような顔。それは多分、わたしも同じなんだと思う。

「じゃあ、今日はもう帰れ、おまえ」
「でも……」
「でも、じゃない。ゆうべ、碌に眠れてないんだろ?」
「ど、どうして分かるの?」
「酷い顔してる」
「ウソ!?」
「ホント。大人しく帰って、寝ろ。そんで、明日に備えろ」
「う〜〜〜、でも、朝日見れてないのに……」
「朝日?」

佐伯くんが訝しげに言った瞬間だった。佐伯くんの肩越しに眩い光が射した。

「……あっ」

海を見る。水平線の向こう、海と空の境界線から、太陽が姿を現している。

「………………」
「…………綺麗」
「………………」
「……ね、佐伯くん、綺麗だね」
「あ、ああ、うん……」

佐伯くんが朝日に目を細める。

「そうだな、綺麗だな……」

一日の始まりを告げる光が注ぐ。

「前に、佐伯くん、話してくれたでしょ」

今日、こうしてこの場所に来た理由。

「夜明けの海が綺麗だって」

佐伯くんの方を向く。朝日に照らされて、佐伯くんの輪郭が白っぽく光っている。

「見てみたいなあって思って、それで、今朝ここに来てみたんだ。そしたら偶然、佐伯くんにも会えて。……すごい偶然だね?」
「あかり……」

佐伯くんが切なそうに眉を顰めた。

「でも、やっぱり危ないだろ。夜明け前に一人で出歩いたりしたら」
「痛っ」

またチョップ。最初ほど強くないけど、それなりに痛い。

「痛いなあ、もう……」
「……あのさ」
「ん、何?」
「浜から見る海も綺麗だけどさ……海で見る夜明けも綺麗なんだ」
「海の上で?」
「そう。本当に綺麗なんだ」

佐伯くんは眩しそうに目を細めながら、海を見つめている。

「いつか、見れたらいいな?」
「うん、そうだね……」

夜明けの海。いつかまた、見れる日が来るのかな。そのときも、こうして佐伯くんと二人で見られるかな。……見れたら良いな。朝日に輝く海を見つめながら、そんなことを想っていた。

「じゃあ、わたし、帰るね」
「ああ、うん」
「また明日ね」
「うん、また、明日」

佐伯くんが言った通り、今日は大人しく帰ろうと思う。
今日が終わって、明日が来れば。
そしたら一週間も、おしまい。約束の関係も、あと一日だけだ。





今日が終われば(6日目)




2011.06.12


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