「佐伯くん」

あかりの声が背中にぶつかる。次にどんな台詞が続くのか、ここ数日のドタバタとしたやり取りのせいで、聞く前から分かる。

「一緒に帰ろう?」

頭の中で、まだ続けるつもりなのか、懲りない奴、こんなの上手くいく訳がない……そういった台詞が渦巻く。

振り返って、あかりに答えようとした。
でも、何か言う前に頭の中で台詞が凍りつく。
周りにいる女子が声を潜めて何か喋っている。はっきりとは聞こえない。でも、それがどんな類の会話なのか、分かる。決して当事者には聞かせられない類の話。

――上手くいく訳がない。

あかりから声をかけられたときに頭に浮かんだ台詞が、また頭をよぎる。今度は、さっきよりも切実さを伴って。

こうなることは、予想出来ていたのに。
その光景を見た瞬間、頭の中で警鐘が鳴るのと同時に、そう思った。分かっていて、どうして受け入れてしまったんだろう。
これまで懸念していたことが現実味を帯びて、ようやく後悔した。受け入れるべきじゃなかったんだ、こんなバカみたいな計画。何があっても許しちゃダメだった。女子の間で起こる面倒な諍いなんて分かっていたはずなのに。あかりが女子の癖にそういうことに疎いことも俺は知っていたのに。
止めてやるべきだった。あかりがこんな面倒なことに巻き込まれる前に。
何も知らないあいつに教えてやれるのは俺だけだったのに。





5日目)
何も知らない





高いところから落ちるような感覚がして、目が覚めた。
息が詰まっているせいか、呼吸が荒い。
しばらくの間、夢を見ていたことを信じられないでいた。

「…………夢?」

だけど、そうじゃない。あれは、あり得ることだ。
今のまま迂闊なことを続けていれば、すぐ。
どうすればいいのか、そんなのは分かり切っているのに、物凄く気鬱だった。



>>next


[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -