「おまえはホントにホントに、怖いもの知らずだな!」


人の目がなくなってから、佐伯くんがぼやくように言った。否、正真正銘ぼやいてた。


「そんなことないよ」とわたしは返す。わたしだって一番怖いことは避けてる。


「大体な! さっきだって酷かったんだぞ」
「さっきって?」
「弁当だよ! 教室戻った途端囲まれたんだからな。『さっきのは何だー』って」
「何って……恋人の愛情たっぷり愛妻弁当…………イタッ!」


頭頂部に衝撃。一瞬視界がブラックアウトした。佐伯くんの鋭い突っ込み。


「違うだろ!!」
「痛いよ、もう! あ、でも、そうだね。違うかも」
「やっと分かったか。はあ……」
「妻じゃないから、愛妻弁当は違うよね。恋人なんだし……どう呼べばいいのかな? 恋人弁当? うーん、なんだかしっくりこないね」
「………………」


なんとも言えない表情でわたしを見つめる佐伯くんに訊ねてみる。


「ねえ佐伯くん、何か良い呼び方ないかな?」


佐伯くんはニコッとキレイに笑いかけた。あ、これは優等生スマイル。そうして……、


「違うだろっ! いろいろ!!」


またチョップされた。本気チョップ。すっごく痛い。


「酷いよ! 痛いよ!」
「ウルサイ。つーか、自業自得。はあ……何だって、こんなボケボケなんだか……」


痛む頭をさする。今のは痛かった。本当に痛かった。痛む頭に声が降ってくる。


「俺が言ってるのは、さっきのおまえの迂闊な行動で大変な目にあったってこと」


頭をさすっていた手を止める。


「大変な、目?」


――大変な目にあった。わたしの迂闊な行動のせいで。


それはわたしの目的とするところと食い違う。わたしがこの計画で目指しているのは佐伯くんの負担の軽減であって、つまり、わたしが負担の原因になってしまうのは、本末転倒。


「佐伯くん。大変な目にあったの?」
「そーだよ」と肯定の声。


「念のため昼休みが終わるギリギリに教室に戻ったから、そんなにしつこく追及はされなかったけどさ。代わりに休み時間とか、針のムシロだよ。おまえと俺、一体どんな関係なんだーって、うるさいのなんのって」
「何て答えたの?」
「テキトーに誤魔化した。当たり前だろ」
「誤魔化しちゃうから、大変なんじゃないの?」
「そんな訳あるか」
「だって、周りに宣言するって計画なのに」


そしたら、佐伯くんの負担が軽くなるんじゃないかなあって。そういう話なのに。
佐伯くんは一つ大きなため息をついて言った。


「そんなことしたら、それこそ大変だろ」
「だって……」
「いーから、早く帰るぞ」
「あ、待って佐伯くん!」


先を歩く背中に必死で追いすがる。


「どこかに寄り道しない?」
「は?」


――何で? という表情。なんて分かりやすい。でもへこたれない。


「今日は確か珊瑚礁の定休日だったよね? 他に予定ないなら、一緒に放課後過ごせないかなあと思って」
「おまえさあ……俺が普段から忙しいって分かってるんだよな?」
「分かってるよ?」
「分かってて誘うのか?」
「う、うん」


これはダメかなあ、脈なしかなあと思ってしまう。弱り切って見上げる。目が合う。何だか気まずそうに眼を逸らされる。それから、


「……別に、いいけど」
「いいの!?」
「ただし、店の買い出しだから。荷物持ち手伝え」
「うん!」


行き先がどこであれ。名目が何であれ。
何はともあれ、デートには違いない。


「やったね! 放課後デート!」
「デッ…………」


喜ぶわたしの背中に佐伯くんの「違うだろ!」という声がぶつかる。そうかなあ? 違うのかなあ?






放課後デート
4日目)





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