多種多様なお店が立ち並ぶ商店街アーケード。お店に置く小物を見たいという佐伯くんと一緒に歩いている。休日に同じ場所を一緒に歩いたことは何度かあったけど、こうして放課後に制服姿で歩くことは初めてだったから、何だか新鮮だ。


「あっ、これかわいい!」


思わず声を上げたら、佐伯くんも釣られたようにわたしの手元に視線を向けた。わたしの指先にあるものを一瞥、確認して佐伯くんは首を横に振った。


「ダメだ、全然ダメ。おまえ全く分かってない」
「……どういうこと?」


ムッとして言い返してしまう。ピンク色のウサギのヌイグルミ。毛足は短いけど、さわり心地がすっごく柔らかくて気持ちいい。なにより、丸っこいフォルムがとってもかわいいのに。


「いかにもかわいいって感じだろ、それ。そういう下心が気に食わない」
「…………屈折してるなあ」
「残念だったな。それが俺流だ」


そんなことで胸を張られても……と思ってしまう。それから、素朴な疑問をひとつ。


「じゃあ、佐伯くんは何ならかわいいって思うの?」
「……は? 俺?」
「いかにもかわいい感じがダメなら、どういうのならオーケーなの?」
「どういうのって、おまえ……」
「それとも、佐伯くんはかわいいって思うものがないの?」
「……いや、俺だって、かわいいって思うものくらいあるし」


佐伯くんに何か聞きたいことがあるのなら否定形から始めるといい。長く付き合うにつれ、分かってきた経験則。
何か(闘争心とか?)に火がついたのか、結構真剣にヌイグルミを見聞し出す佐伯くん。……少し、面白いかもしれない。眉間に皺を寄せて、すっごく真剣な顔でヌイグルミをとっかえひっかえ、『あーでもない、こーでもない』とぶつぶつ……うっかり笑い出してしまわないよう気をつける。


「…………これだ」


確信のこもった声で佐伯くんが手にしたもの。


「なになに?」


その手元を覗きこんでみる。……茶色い毛むくじゃらの、


「…………カピバラ?」
「いーだろ、こいつ?」


何故に誇らしげ?
佐伯くんは温泉好きで有名な世界最大の齧歯類を手に『どーだ、これ』という顔をしている。どうだも、なにも……返答に困って、苦し紛れに知識を開陳してしまう。


「……カピバラって世界最大の齧歯類らしいよ?」
「マジで?! すっごいな!」


――あれ? 思いのほか、食い付きがいい。


「世界最大ってすごいな。やっぱタダ者じゃなかったんだカピバラ。だと思った。さすが俺」
「あの、佐伯くん。わたし、かわいいものを訊いたんだけど?」
「え? かわいいだろ、こいつ」
「え、うん、まあ、かわいいとは、思う、けど……」
「俺、こういうタダ者じゃないやつって好きだ。何か、珍獣っぽくて良いよな、カピバラ」
「珍獣……」


そういえば、と思ってしまう。


「誕生日にくれたよね? カピバラのヌイグルミ」


あれもかわいいって思ったからくれたのかな? 当時は意外な選択に思えてビックリしたものだけど。
何気ない一言だったのに、急に慌てだす佐伯くん。


「いや、あれは、その……! 別に、おまえがカピバラっぽいとか、思ってないから! 全然!」
「……佐伯くん?」


どうしたんだろう? 心なしか顔が赤いような……。







商店街からの帰り道。茜色に染まる海沿いの道を歩いている。そろそろ、分かれ道。名残惜しい気がするけど、楽しく過ごせたし十分だよね。


「それじゃあ……佐伯くん、またね?」
「ああ……そっか、もう着いたのか」


佐伯くんは少し驚いたような顔をしている。


「なんか……おまえといると時間があっという間に感じる」
「……楽しい時間はあっという間っていうしね?」


おどけた調子で言ったら「調子に乗んな」ってチョップをされてしまった。けれど、いつもより痛くない。


「まあ、今日は楽しかった……と言えなくもない」


一瞬どっちだろうと思ったけど、少し考えたら分かったので、自然と笑顔になってしまった。
海辺に続く道を歩いていく佐伯くんの後ろ姿を見守りながら、今日の寄り道が佐伯くんにとって少しでも息抜きになっていたらいいな、と思った。




2011.02.01


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