給湯室で準備を終えた私は、お茶とお茶菓子をお盆に載せ応接室までの道のりをゆっくりと歩む。
チカ先輩の情報によると、お得意様の社長さんは秘書を伴い二人でご訪問だそうで…今は商談が始まるまで応接室でお待ちらしい。
緊張で次第に早くなる鼓動を何とか深呼吸で落ち着かせて、たどり着いた応接室の戸を控えめにノックした。
どうぞ、と低めの声で返ってきたのを聞いてゆっくりと戸を開ける。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


にっこりと営業スマイルを浮かべ会釈した頭を持ち上げた私の視界に飛び込んできたのは…高級そうなスーツを着た一人の強面の男性。

(え…ちょ、待って待って、えぇっ!?あ、れ!?部屋間違えた!?だ、だって二人いらっしゃるはずなのに一人しかいないし…しかもこの人どっからどう見てもヤ、クザ…!!)

きっとこの人が大会社の社長さんなんだ、と混乱する自分の頭に言い聞かせながら引きつりそうになる笑顔を必死に自然に作り直す。
そして秘書さんの姿が見当たらないのはお手洗いかなんかに行っているからなんだろうと今の状況を自分に何とか納得させた。
と、いうか…どうしよう。怖すぎる。何か失礼でもあったら指の一本や二本は平気で飛んでしまいそうだ。あああ、誰か助けて。
強面の男性の前にお茶を置きおえた私がもうひとつをどうしようかと考えあぐねていると、それを察した男性がつぐんでいた口をようやく開いた。



「ああ、すまないな。社長ももうすぐ戻られると思う。もう一つはそこに置いておいてくれ」

「え?あ、はい…!」



社長が…もうすぐ戻る?
言われたとおりの場所にもう一つのお茶をコトリと置きながら、私は彼の発言をもう一度脳内で復唱した。
ということは…え?彼は社長じゃないのかな?そういえば893顔の男性は社長にしては少し若いかもしれない。まして大会社の社長ともあれば、もしかしたらこの人以上に貫禄があって厳ついんじゃ…。

(よし、お戻りになる前に早く退散しよう…!!)

目の前にいるこの人物以上に厳つい社長にはできればお目見えしたくない。
そそくさと応接室を後にしようと、お茶を載せてきた盆を手に扉の方へ向かう。
扉の前で部屋の中へと振り返り「失礼致しました」と軽く頭を下げてからドアノブに手をかけたのとほぼ同時…開けようとしたドアが、勝手に開いた。



「Hey,小十郎。今戻った」
「う、わっ…!」



部屋に入ってこようとした人物が勢い良く扉を手前に引いたことで、私は握っていたドアノブにつられるように前のめりに倒れこむ。
そしてその勢いのまま部屋へと進んできた人物と正面衝突…ゴチっと豪快な音がして頭を思い切り打った。


「痛ったぁー」
「ってぇー」


どうやらお互い頭突きをするような形でぶつかった様で、じんじんと痛む額に手をやりながら相手を見やるとしゃがんだ状態で私と同様に頭を抱えていた。


「た、大変失礼致しました!」


慌てて謝り俯いたままでいる相手の方の顔を覗きこんだ。
あああああ、もしこの人が噂の大会社の社長だったらどうしよう…。
何か粗相があったら経営に関わるからな、というチカ先輩の言葉が脳裏をかすめて眩暈がした。
しかし…目の前の人物は、額に当てられた掌で顔こそ良く見えないがスーツは見るからに高級そうだし先ほど部屋に入ってくる際の第一声は偉そうだったし…ほぼ間違いなく社長だろう。


「す、すみません!!お怪我はございませんか?」


頭がパニック状態でわかりきった質問をしてしまった。
今現在痛む額を押さえているのだから、怪我がないわけがない。
その上、日頃あれだけ毛利先輩に注意されているにもかかわらず「すみません」だなんて言ってしまう私はもう目も当てられない。
社長さんはきっと大層お怒りになってウチの会社は商談を打ち切られてしまうかもしれない。
ああもう終わりだ…ごめんね皆、愚かな私をどうか許してください。


「ん…いや。このくらい何ともねぇ、大丈夫だ」


額に当てていた掌を離して、ゆっくりと立ち上がりながら社長さんが口にした言葉は私の予想外のものだった。


「アンタこそ怪我なかったか?」


(なんていい人なんだ…!!)
イマイチ状況を飲み込めず未だに座り込んだままでいる私に対して、頭上から降ってきたのはそんな優しい言葉。
お礼を言って大丈夫だと伝えるために、私は俯いていた顔を上げて彼のほうを見上げた。



「あ、私は全然大丈夫で…す?」
「?」

「(ん?あれ…この顔、何処かで……?)」

「………」
「………」

「っ…!アンタ、まさか!!」

「(げっ…、もしかしてあの時の…!?)」



何処かで聞いたことのある声だとは思った。
でもあの日とは態度が随分違ったし…(あの時のことは今思い出しても腹が立つ!)まさかこんな偶然があるだなんて誰も思わないでしょ?
その上、この男がウチの会社のお得意様の大会社の社長だなんて、想像できるハズないじゃない……!!!

というか…、えぇーと…?
私あのとき相当毒舌かました気がするんだけど…気のせい、よね??
あは、あははははは………!


「おい…」


何処か遠くに視線を彷徨わせていたところへ低い声で呼びかけられて、私の肩は面白いくらいにビクリと跳ね上がった。


「お前、あの時の女だろ」

「えっ…な、何のことですかぁ?私、春に入社したばかりの新入社員なものですから社長様にお会いしたのは今日が初めてですよ。うふふふふ」


何とか白を切り通そうと不自然な笑顔で取り繕う。
しかしそう上手くは行くはずもなく、彼は一瞬目を見開いた後で楽しげに口角を持ち上げて見せた。


「Ha!まあ…アンタがそうだってんなら、そういうことにしてやらないこともないぜ?貧乏人は会社を首になったら困るんだろうからなあ」

「…!!」


言い返せない立場だと知っていながら尚も私を「貧乏人」と蔑む彼を怒りを込めて睨んでやる。
やっぱり、私はこの男が大嫌いだ。ついさっき一瞬でもいい人だなんて思ってしまった自分を抹消したいくらい。


「おーおー、そんなに怖い顔すんなよKitty。取って食いはしねぇって。まあ今後とも宜しく頼むぜ、新入社員さんよ」


嫌味な笑みを浮かべてポンッと私の肩を軽く叩き応接室へと入っていった彼の最後の台詞に、この先の自分の最悪な運命を想像して頭が真っ白になったのは言うまでもない。





天に召すまで後三秒?
(いっそ天に召せたらどんなにいいか…!!)





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