「随分と絞られておったな奈々殿」

自分の席に戻るとすぐに隣に座る真田くんがヒソヒソと話しかけてきた。

「あー、聞かれちゃってた?」
「筒抜けでござる」
「うそ、恥ずかしすぎるっ」
「そんなことは御座らぬぞ。某など未だに半分しか出来ておらぬ」

そう言ってパソコンのスクリーンを睨み付ける真田くんの横顔は真剣そのものだ。真田くんは同期で入社して同じ課に配属された、同い年の男の子。猪突猛進な性格だけど仕事に関しては慎重な一面もあるらしく、作業は割りとローペースだ。意外に整った横顔を見つめていると、真田くんはその目をキュッと細めた。

「どうにもこのパソコンに馴れぬのだ。目がチカチカして…」
「目、悪いの?」
「いや…両目とも2.0だが」
「…それも凄いね」

私なんか裸眼だと0.1あるかないかだよー。それもある意味凄いでござる。などと話していると、向かい合わせの机に座っていたかすがが静かに席を立った。そして私達に向けて一言。

「お前達、喋ってないで手を動かせ」

かすがも真田くんと同じく同期で入社した一人。この課の新入社員は私と真田くんとかすがの3人だけだから、昼休みなどは基本的に3人でつるんでいる。

「あれ?かすがドコ行くの?」
「終わったから提出に行く」

ふわふわと揺れる綺麗な金色の髪は地毛らしい。絹のような白い肌も怖いくらいに整った顔立ちもフジコちゃん顔負けのナイスバディーも、全部神様に与えられた先天的な物。神様って不公平なんだな。うん。毛利先輩の元へ行ったかすがは、数分で席へ戻って来た。先程は持っていた見積書がその手に無い所を見ると、どうやら合格を貰えたらしい。

「すごいなぁかすがは」
「流石でござる」
「早けりゃいいってモンじゃないんだなぁ」
「遅すぎるのも問題でござろうな」
「……頑張ろうね、真田くん」
「……日々精進でござるな」

ちょっとしんみり。3人の中ではかすがが1番しっかりしてるし仕事も飲み込みが速い。負けてらんないねと真田くんとアイコンタクトを取っていると、背後から豪快な笑い声が飛んできた。

「オメーら二人、足して2で割ったらちょうどいいんじゃねーかぁ?」
「あ、長曾我部先輩」
「ちょうしょ…しょかべ先輩」

ギャハハと笑いながら現れたのは、さっき毛利先輩から私を庇ってくれた長曾我部先輩だった。てゆーか真田くん、まだ『長曾我部先輩』って言えないんだ…。確かに言いにくいけど、入社してからもう一ヶ月だよ。流石に噛みすぎだよ。そんなカミカミ王子の真田くんは長曾我部先輩の言葉に顔を赤くしていた。

「た、足して2で割るなど破廉恥でございまする!ちょうしょ…ちょうしょかべ先輩!」

…破廉恥って何が破廉恥なんだろう。真田くんは時々意味の分からない発言をする。もう大分慣れたけど。長曾我部先輩は真田くんの抗議を気に留めずに「だからチカでいいっつーの」と笑った。マイペース人間とマイペース人間の会話は噛み合わない物なのだ。

「よ、神崎。さっきは災難だったな」

長曾我部先輩が私に向かって笑った。ニカッという効果音が付きそうなくらい快活な笑顔で。

「いえ、私がミスしたのがいけないんです」

これは本音だった。確かに毛利先輩は他の先輩社員より厳しいけど、怒られたのは私がミスをしたからであって、それは災難ではなく自業自得と呼んだ方が正しいのだ。真面目な顔で答えると、長曾我部先輩は嬉しそうに笑みを深めた。

「おー偉い偉い!よし、今日は飲みにでも行くか!奢ってやんぜ!」

ピクン、と体が動いた。『奢る』という単語に私の貧乏性レーダーが反応したのである。

「ホントですか!?長曾我部先輩!」
「おう。つーかチカでいいって」
「大好きですチカ先輩!」

『奢ってくれる人=いい人』
私の中の絶対的方程式である。
大好き、と言って喜べばチカ先輩は少し照れたように頬を掻いた。

「おうおう、可愛いこと言うじゃねーか。よし、神崎にはデザートもつけてやる」
「ありがとうございます!」

よっしゃぁ!デザート入りました!
心の中でガッツポーズを決めた私の隣、デザートと聞いて目をギラつかせた人物がもう一人いた。

「ちょうしょっ…ちょうしょかっ…チカ先輩殿!」

ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がった真田くんは、どうやら『長曾我部先輩』と呼ぶのを諦めたらしい。だからって先輩に殿をつけるのは変だと思うけど。

「某も奈々殿には負けず劣らずかわゆい事を言ってみせますゆえ、何とぞ白玉餡蜜を!」

真田くんは見かけによらず大の甘党だった。デザートと聞いてテンションが上がったのか興奮した様子でチカ先輩ににじり寄っている。

「あーあー分かった分かった。おい、お前はどうする?」

真田くんを宥めつつチカ先輩が声をかけたのは、さっきから会話に入ってこないでいたかすが。急に話を振られたかすがは面食らっていたが、チカ先輩の眩しい笑顔に負けたのか、少し照れ臭そうに小さな声で答える。

「い…行ってよいのなら…私も行きたい…が」

かすがはあまり素直なタイプじゃないし人付合いが得意なタイプでもない。少なくとも社交的とは言えない性格で、遠巻きに見ている人には『お高くとまってる』ように見えるらしい。でもちゃんと接してみればただ不器用なだけなんだということが分かる。優しいし、それに凄く可愛いところもある。

「今年の新入りは皆可愛いなぁ」と笑いながら去って行ったチカ先輩は、かすがの可愛さもしっかり見抜いている側の人間なんだろう。隣の席の毛利先輩に話し掛けては冷たくあしらわれているけど本当は毛利先輩のことだって誰より理解しているんじゃないかと思う。

大きな笑い声と共に去っていったチカ先輩の後ろ姿を見送ったあと、同じようにチカ先輩を見ていたらしいかすがと真田くんと目が合った。3人で目を見合わせてから数秒、誰からともなく笑った。

適度な刺激と笑い声に囲まれて、新しい生活は心地よく充実していた。平凡でも楽しい日々を満喫していた。



目指すは小市民
(目指さなくとも小市民)






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