揺れるしっぽに首っ丈の彼 | ナノ

彼はポニーテールが見たいだけなんです。


 私は早速パスワードを変更する。4桁の数字にしていたのが間違いだったんだ。次はアルファベットと数字を織り交ぜた8文字にしておいた。面倒臭いけどまたスマホを開かれるなんて御免だからね。まあらいくらなんでも柳くんだってこれはしばらく解けないだろう。そうだ、これからは定期的に変えよう……。

 そして私は口に出したくなかったので、おかずを頬張りながら目の前にいる友達に「写真ちょうだい。やっぱりスマホものカメラのも消された」とメッセージを送る。友達はこちらを見ずに写真だけ送ってくる。私はそれを保存した後、先ほどとは別のネットワークドライブに送信した。そして、もう一度メッセージを削除する。
私はお礼のつもりで、友達のお弁当箱にだし巻き卵を入れる。

「ねえ、これあげる」

 この子はうちの卵焼きが何故だかすごく好きなのだ。だから、この卵焼きで私が写真の件で「ありがとう」と言っていることがわかっただろう。友達は笑って言った。

「ありがとう、名前」
「いいよ、なんかお腹いっぱいになってきたから」

 もちろん嘘だ。今、柳くんがこの教室にいないとはいえ、いつなんどき見られているかわからないから不自然な行動はできない。友達もそれをよく分かってくれているのか察してくれた。

 そうして午後となった。
 ご飯も食べて休憩したことで、私の体調は回復していた。そのうえ天気は曇りへと変わり、日差しが差さなくなったので私の機嫌は良かった。お昼もずっと日が出ていたら倒れていたかもしれない。お天気に感謝だと思ったが、ぽつぽつと雨が降り始めて私の気分は落ちていくのだった。

「うわあ……傘持ってきてない……」

 雨のようにぽつりと呟いた私は空を見上げる。ぴちゃ。頬が雨を受け止めた。その時に私はカメラを持っていることを思い出して慌てて、本部のテントに向かった。ワンチャン私の仕事なくなるか?って期待したが「防水だから大丈夫!じゃんじゃん撮っちゃって」とか体育委員長に言われて私の希望は絶たれた。
 相変わらず雨は降っている。この程度の雨ならできるからと、球技会はしばらく続行するのであった。

 小雨とはいえ、傘もささずにずっと雨に打たれていたら、そりゃあそれなりに濡れるのである。今日、試合の予定がなかった私がタオルを持ってきているわけもなく、私はただただ濡れていくのだった。

 午後の4試合目が終わった直後だった。とつじょ視界が暗闇に覆われた。

「わあっ!」

 頭から何かを被っている。私は手につかんで正体を見てみた。えらい大きな体操服の上着だ。そして目の前には柳くんが立っている。

「着ておけ」
「寒くないよ。どうして?」

 呆れた様子で柳くんはため息をつく。

「自分の姿を見てみろ」
「え?……うわ!透けてる。全然気がつかなかった」

 私は慌てて柳くんの上着を羽織る。ぶかぶか過ぎて腕が出ない。

「柳くんのサイズってやっぱり超でかー」
「所謂、萌え袖だな」
「見るぶんには萌えるけど、自分が着るぶんにはめちゃくちゃ作業しにくそうとしか」
「こうすればいいだろう」

 そう言って裾をまくられる。腕の周りに裾がだぼっと溜まりすぎてこれはこれで鬱陶しい。私が不快そうな顔をしたせいで柳くんは「貸してやってるのだから文句はなしだ」と言った。

「まあ、とりあえずありがとう。「上着持ってきていなかったから助かったよ」とお前は言う。荷物になるのが嫌なのだろう」
「そうそう。柳くんとか体操服にプラス部活のユニフォームとかも持って来ててすごいよねえ。重そう」
「そうでもないぞ」

 それから、次の試合が始まろうとしていたので柳くんは自分の持ち場まで戻っていった。私は彼が去ったあと、出来心で首元を匂いでみた。

「柳くんの匂いだ……ってそりゃそうか」

 なんて1人で呟きながら、私は未だ雨を降らす空を眺める。

 そして、球技会は終わりを迎えた。SHRの前に着替えをしなければならないので私は体育館に向かう。球技会の時はそこで着替えるのだ。ちなみに体育館は2つあり、片方は女子、もう片方は男子で使うことになっている。
 私が上着を脱ごうとした時だった。友達は私が着ている体操服に「柳」と刺繍されているのに気づいたのか、質問してきた。

「名前、なんで柳くんの上着きてるの?」
「え?これはねー」

 私は経緯を説明する。友達はなるほどね、と言ったあとにニヤニヤしながら言った。

「彼ジャーってやつじゃん。ラブラブ〜」

 冷やかされたのが気に食わなくて、私はムッとして答える。

「やめてよー。柳くんだって私なんかの下着を見たくなかっただけだって」
「ってか名前知ってる?最近、名前と柳くんが付き合い出したって噂流れてるの」
「えっ、なにそれ!ないないない!ありえない!」
「え、でもさ、自分の上着貸すなんてぜったい柳くん、名前に脈アリなんだよ」
「柳くんに限ってそれはないよ」

 それからもあーだこーだ言い合いながら着替えを済ませ、一緒に教室に入った。SHR中、私は柳くんの方を見ながら先ほどの友達の話を思い出していた。話すようになった経緯がアレだけど急に仲良くなったらやっぱり何かあるって思われるのかな?いや、でも付き合うとか絶対ないよ。柳くんは知っているのかな、噂。少しくらいは耳に入ってそうなものだけど……あっ!柳くん見ながら考え事していたらまた先生にからかわれちゃう!
 私はすぐにそっぽ向いて、外を眺める。雨は止んでいた。

 そうしてSHRも終わり、私は球技会役員会議に向かった。今日の反省や明日の朝のことなどさくっと話して会議は終了。明日も頑張りましょうという体育委員長の一声で会議は幕を閉じた。

「あの、柳くん」

 部活に向かおうとした柳くんを引き止めて声をかけた。

「上着ありがとう。洗って明日には返すね」
「ああ。貸した時に言い忘れていたが、お礼は明日の試合にポニーテールで出場することだ。よろしく」

「はっ?」

いま、なんと?ポニーテールで試合に出場?なんて、あほ面している私のおでこにデコピンが食らわされる。

「いたっ」
「フッ、無理だとは言わせないぞ」
「いやいやいやいや、え?」

 そんなこと後から言う?っていうかそれ目当てで貸した疑惑あるよ?
 やっぱり、柳くん私に脈アリなんじゃなくて誰かしらのポニーテールが見たいだけなんだと思うな……。

(~20180526)執筆

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