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▼ ユキノシタに別れを告げて

 雨が降り続けたかと思えば、座っているだけで汗が滲み出てきそうなくらい暑い日も来る。カラッとしているのならまだしも、じめじめとして湿気が高いから質が悪い。
 そう、今は梅雨の時期だ。一年を通してみても、この期間はダントツで憂鬱な気分になるのだが、私の心はそれ以上に晴れやかではない。
 傘をさしながら空を見上げれば、どんよりとよどんだ灰色が視界に広がる。生憎今日は晴れではなく雨だ。せめてもの太陽が出ていれば、雫に打たれるよりは気分がマシにもなるというものだろうに、などと一人歩きながら心の内で呟いた。そして、ぼんやりとそのまま歩いていると後ろから声がかかった。

「名前!おはよう」

 同じクラスの友達の香菜ちゃんだった。正直苦手な子だが、無視するわけにもいかないのでおはようと返すと、隣にいた丸井くんが続いて声をかけてきた。

「おはよう、苗字」

 丸井くんにも、先ほどと同様の挨拶を返す。すると、二人はそのまま前に歩いて行った。あの二人って仲良いなあ…なんて考えながら並ぶ背中を見ると、胸がきゅっと締め付けられた気がした。理由など分からないけれど、何となく複雑。
 最近になって香菜ちゃんは丸井君とよく一緒に話すようになった。あの二人が一緒に登校し始めたのも近頃からのことで、テスト期間や朝練がない日はともに学校へ来ている。最初に見たときは驚いた。付き合ってるのかなあ…だとか考えてみたが、おそらくまだ恋人ではないであろう。香菜ちゃんは丸井くんのこと好きなんだろうけど、本人から聞いたわけじゃないから両方とも確証はない。ただ、女の勘みたいな。


 ある日、香菜ちゃんに聞いてみた。「丸井くんと付き合ってるの?」と。すると、頬を染めながら慌てた様子で「つ、付き合ってないよ…っ!」なんて言っていた。何故かすごく安心した。

 私ってば、まるで丸井くんが好きみたい。そんなはずないのになあ。

 二年の頃から同じクラスで、席が近かったから自然とよく話す仲になっただけで、そのような特別の感情を抱いているとは思えない。自分でこう言い切れるのに、“もしかしたら私は丸井くんのことが好きなのかも”なんて偶に考えることがある。だが、やはり違う気がする。

 誰にも相談できないから、一人抱えたままのこの想い。どうすればすっきりできるのだろう。

***

 昼休みに一番仲の良い友達と二人で新商品のお菓子を食べていると、丸井くんはそれが気になったのか、声をかけてきた。

「お、苗字。それ、何だよぃ?」
「これ、最近出たお菓子で、コンビニで見つけたから買ってみたんだ。いる?」
「いるいる!サンキュー」

 袋から一つ取り出して渡せば、嬉々とした笑みを浮かべながらパクリと口に含んだ。幸せそうにもぐもぐと噛みながら、親指を立ててウインク。

「かなり美味え!さすがは苗字。お菓子を見る目あるな」
「ははっ、新商品ってのにひかれただけだよ」
「俺なんかいっぱい買う分、ハズレも多いからさー」

 その言葉によって私と友達が声に出して笑えば、恥ずかしがるわけもなく、愛嬌のある笑みを浮かべて「何か買ったらまたお返しすっから」と言いながら違うところへ行った。丸井くんからお菓子貰えると思うと嬉しくて、先ほどとは違う笑みがこぼれたのだった。



 翌日の朝のことだった。やけに気分の上がっている香菜ちゃんを見て、言い知れぬ焦燥感をおぼえた。その半面で不安も押し寄せてくる。私は、動揺をどうにか隠して笑顔で声をかけた。

「嬉しそうだね、どうしたの?」
「えっとね…じ、実は前から丸井のこと好きだったんだけど、告白したらOKもらえたんだ!!」

 恥じらいながらも、喜びの気持ちが溢れた笑顔は、私の胸に突き刺さった。「嘘、あの二人が恋人に?」だとか「やっぱり、好きだったんだ…」といったことを思いつつも、そんな感情とは裏腹に私の口は思惑とは別の言葉を話した。

「そ、そうなんだ!良かったね。おめでとう!」

色んな感情の波に押される私は冷静さを失いそうだった。そうなる前にそこから離れようと、教室を後にした。そして、俯きながらひたすら廊下を歩いた。どこかに向かっているわけではない。ただ、あの場から逃げたかった。

 ああ、私は馬鹿だ。丸井くんが好きだということに、今更気付くなんて。

 今ならこれまで感じてきた感情すべてに納得がいく。あの二人の距離が近づいたことに焦り、妙に丸井くんのことが気になり、話すことができれば嬉しくなり、恋人ができたと知れば、深い悲しみに襲われる。

***

 数日後の昼休み。その日は、今にも雲から雫が落ちてきそうな、そんな雨模様の天気だった。これといった目的はないが、屋上庭園に来ていた私は植えられた花を眺めていた。花の名前はバラとかパンジーとかコスモスとか、そんな有名なものしか知らないけれど、花は好きだ。何だか可愛らしくて心が和む。

 端から順番に見ていると、白い花が目についた。何だか気になったのでそれをじっと見つめていると、後ろから声がかかった。

「その花、“ユキノシタ”っていうらしいぜぃ」

 その声の人物は顔を見なくても分かったので、前を向きながらも肩をびくりと震わせて驚けば、そんな私を笑いながら彼は隣に歩み寄ってきた。今はあまり丸井くんとは顔を合わせたくないなあ…一方的なわがままだけど。と、そんなことを思いながらも「へえ、そうなんだ?」と返事をすれば、その花について説明してくれた。

「岩とか石垣の間にひっそりと咲くから、恋心を抱いた少女の姿を見立てたと言われてるだとか。物知りだろい?」

 得意顔でそんなことを聞く丸井くんを見て、思わずふふっと笑いが口から漏れた。やっぱり、私って丸井くんのこと好きなんだなあ。それにしても、こんなタイミングでそんな話をする彼が少し恨めしい。もしかして、私の気持ち知っているのかな。
 暗い表情になるのをおさえながら、さっきの言葉に対して、返事として頷けば悪戯した子供のように丸井くんははにかんだ。

「ってのは、嘘で。全部幸村くんからの受け売りな」
「やっぱり」
「やっぱりってなんだよ」
「丸井くんがそんなに花に詳しいとは思えないから」

 冗談混じりというようにそう言えば、丸井くんは「まあな」と言って、ぺろりと舌を出した。そういうお茶目なところにも惹かれたのかな。でも、家や部活では面倒見の良い兄であり先輩でもある。そんな意外だった部分も好きだと思う。

「……いきなりだけど、丸井くんは香菜ちゃんのこと好き?告白されてOKしたんだよね?」
「え、もう知ってんの。…うーん、まあ、特別な感情じゃねえけど、好き」
「そっか…」

 急に静かになった私を見かねたのか、私の顔を覗き込んできて、どうしたんだよ?とでも言いたげな表情をするものだから、問われる前に「何でもないからね」と言った。すると、きゅうに真面目な顔して口を開いた。

「…俺さー恋とまではいかねえけど、苗字のこと結構気になってた」
「え……」
「まあ、あいつに告白されて、断るのもなんだったしOKしたけどな」

 そう言いながら立ち上がった丸井くんを見上げれば、いつもみたいに口角を少し上げて元気で明るい笑みを浮かべていた。

「んじゃ、俺、教室戻るし、苗字も雨降らねえうちに戻って来いよ」

 手を二、三回振って、扉のほうへと歩いて行った。彼の背中が段々と遠ざかる。それは、まるで今までの私たちの距離に間が開くことを示しているようで、真っ直ぐと前を見つめる様は、こちらを二度と振り返らないとでも言っているようだった。

 数分後、アスファルトにはポツポツと黒いしみが雫によって滲んでいたのだった。


 その日の夜のこと。私は携帯を握り締めていた。画面はメール作成画面で、本文には「ずっと前から、丸井くんのことが好きです。香菜ちゃんとお幸せに」の文字が並んでいる。直接言う勇気なんてないから、メールで一方的に伝えてしまおうと思ったが、それすらも私にはできないようだった。ボタンを押そうとする指が震える。溜息をひとつ吐いて、私は押した。

 画面に表示されたのは “未送信ボックスに保存されました。” という文字。


 私しかしらないこの恋心は、置き去りにされた。


***
あとがき
ヨコシマヤさん相互ありがとう!大分経っているけどねw
とりあえず、色々とごめんなさい。ブンちゃんが分からないです。そして、結局微甘とほのぼのは書けずに悲恋に至ったという…。
(~20130705)執筆

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