▼ 幸せをおすそわけ
姉ちゃんにはとても仲の良い、苗字名前という友達がいる。小学生のときからの付き合いで、昔は三人でよく遊んでいたし、今でも姉ちゃんを通じたりメールをしたりして仲良くしている。
名前さんは、すごく優しく明るくて、愛嬌もあり、雰囲気はふんわりとしている人だ。年下の俺でも癒されるときがあるが、偶に大人っぽくてそのギャップに胸がぐっとなることがある。
もう分かっているだろうが、俺は名前さんのことが好きだ。小学校高学年の頃に自覚して以来ずっと思いを寄せているが、未だ思いを伝えられていない。言う機会もなければ言う勇気もないのだが、そんな俺にチャンスが訪れる。
誕生日パーティーだ。
今週の土曜日、三月三十日は名前さんの誕生日のため俺の家でパーティーをするらしい。名前さんを含め三人来るようで、姉ちゃんは既に飾り付けの準備をしている。
「赤也も祝うなら手伝いなさいよー」
と何も言っていないのに祝うことがバレているのはどうしてだろうか。腑に落ちないが、名前さんのためならと飾り付けのグッズを作った。作業の途中に「姉ちゃんの手伝いじゃなくて、名前さんを祝うためだから勘違いすんなよ」と口にすればニタニタとした笑みを浮かべて「分かってる、分かってる」なんて言われた。全部分かっていそうで怖い姉だ。
とにかく、土曜日が楽しみで仕方がない。中学に入ってからはなかなか会えずメールばかりのために、姿を見られるだけで嬉しいのだ。俺はうきうきとしながらグッズ作りに専念した。
そうして、待ちに待った土曜日が訪れる。名前さんが来るのは一時頃らしく、俺は嬉しさが抑えきれず先ほどからにやにやといえば聞こえは悪いが、そう表現するのが一番正しい笑顔を浮かべているのであった。頬が緩みっぱなしのせいか姉ちゃんには「あんたキモイ。その顔どうにかなんないの」と言われる始末だ。そこまで言わなくてもいいだろ…なんて言えないのは自覚している上にこの笑みをどうしようもないからだ。それだけ、楽しみにしているとも言えるが。
それから数十分後に名前さんは友達二人と一緒に来た。まさか、三人で来るとは思わず俺は慌てて二階の自室に逃げ込んだ。
あーもう、何でバラバラで来ねーんだよ。姉ちゃんはともかく、誰かいたら話しかけられねえじゃん。
と言ったところでどうにかなるわけでもなく、名前さんが三人で来たのだから仕方ない。
俺は静かに自室を出て、できるだけ音を立てないように階段を下りてそっと陰からリビングを覗いた。すると、飾り付けされた丸机の真ん中にホールケーキを置き、それを囲むように四人が座っていた。勿論、ケーキの正面は名前さん。早速パーティを開始しているようだ。
「では、名前の誕生日を祝って乾杯!」
姉が進めているようで、その言葉に続くように四人がグラスを掲げた。そしてカンッとガラス同士の当たる音が響く。それからは、定番のバースデーソングを歌ってケーキを食べたり、プレゼントを渡したりと賑やかにしていた。
名前さんすげえ、楽しそうだし嬉しそうだな…。まあ、祝われて嫌な奴なんていないだろうけど…。
しかし、こうも騒いでいる姿を見ているのは寂しい。俺も一緒にわいわいして祝いたい。かと言ってあの女四人の中に混じりたいわけじゃないので難しい話である。
「はあ…」
ため息をついた直後、輪の中から俺の名前が出てきた。驚いた俺は目を見開きながら、そちらを見た。
「弟くん…えーっと 赤也くん、今日は家にいんの?」
友達の一人がそう聞き、姉が「いるよ」とでも答えるかと思いきや、予想外の人物が口を開いた。しかも、俺の方を指しながら言った。
「最初からずっとそこにいるよ。赤也くん、おいで」
そう言った名前さんと目が合ってしまい、そこから逃げるに逃げられなくなってしまった俺は苦笑を浮かべて陰からひょこっと出た。
「声かけるタイミングがつかめなかったから、すぐに呼べなくてごめんね」
「い、いや、覗き見してたみたいですいません…」
すると、くすくすっと名前さんが笑った。こんなに近くで話すのは久しぶりで、俺はぎこちない表情になった。名前さんが来る前の笑顔はどこにいったのやら。
「全然気にしてないよ。輪に入りたかったんだよね?」
「ち、違うッス。祝いたかったのは事実ですけど…」
口ごもりながらそう言うと、名前さんは首を傾げた。
「…あ、あの!渡したい物あるんで帰る前に声かけてもらえないッスか?」
「いいよ。楽しみにしてる」
微笑んだ名前さんにお礼を言って、俺は全速力で階段を駆け上がって自室に入った。
名前さんと話す時間がとれた!そう思うだけで気分が俄然上がった。
パーティが終わるまで、あと約三時間はありそうなのでゲームをして時間を潰すことにした。コンボ出しまくりで絶好調であった。
パーティーを終え、私は赤也くんに声をかけようと彼の部屋の前に立っていた。音が全く聞こえないが中にはいるのだろうか。そう思いながら私はノックした。だが、返事はなかった。
「……あれ?いないのかな?」
ガチャリと扉を開き、見えたのはすやすやとベッドで眠る赤也くんの姿。顔のすぐわきにゲームがあるので、待っている間ゲームをしていたら寝てしまったようだ。
私は下に散乱した教科書や着替え、マンガなどを踏まないように慎重に歩み寄った。
「ふふ、可愛い…」
なんて本人が起きているときに言ったら、「可愛くなんかないっスよ!」と口を尖らせて少し拗ねられるかもしれない。
「赤…」
起こそうとしたときだった。
「…名前…さ、ん…おめでと…へへっ…」
へにゃりと笑った赤也くんを見て、私も頬を緩ます。どうやら、夢の中でも祝われているらしい。そんなにもお祝いしたいと思ってくれていたと考えると、とても嬉しくなった。
「…ありがとう。赤也くん」
赤也くんの癖のある髪をくしゃっと撫でると、薄く目を開いて眠たそうにこちらを見た。起きた?と問いかければ開ききっていない目をぱちぱちさせて飛び起きた。
「うわあっ!名前さんっ…!」
「ふふ、おはよう」
「い、いつからいたッスか?」
「ついさっきだよ。それで、渡したいものって?」
すると、赤也くんがベッドから下りて散らかった机の上に置かれた可愛らしい紙袋を手に取り、こちらを恥ずかしそうにじっと見た。
「名前さん、誕生日おめでとうございます!」
先程一度言われたとはいえ、こうして目を見て祝いの言葉をかけられるのもまたいいものだ。私は、「ありがとう」とお礼を言いながら破顔一笑した。
「中、見ていいかな?」
「いいッスよ」
ドキドキしながら私は紙袋を開けた。入っていたのは、可愛らしいシャーペンと四つ葉のクローバーの押し葉で作られたしおり。私は思わずおおっと声に出してしおりを手にして見つめた。
「こないだ見つけたときにすげー幸せな気分になったから、名前さんにもこういう気持ちになってほしいなって思って…へへっ」
赤也くんは、照れたように頭を掻いた。そして、先輩に作り方教えてもらって作ったんですよと言ったあとに、どうッスか?と聞いてきた。
「すごく嬉しいよ!本当にありがとう。これ、大切にするね」
私が満面の笑みを浮かべれば、赤也くんはそれ以上に嬉しそうに笑ってくれた。そんな笑顔にも私は幸せをもらえた気がした。
それから暫くして、彼と同じ幸せを実感することになるのは、このときの私はまだ知らない。
茄子ちゃん誕生日おめでとう!
こんな小説だけどもらっていただければ嬉しいな^^
これ、ちゃんと赤也になったかな…ととても不安ですが頑張ったよ!
(~20130329)執筆
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