04


かごめが学校に行っている間、彩音は日暮家の家事や神社関係の手伝いをしていた。そうしていま境内の掃除が終わり、家に戻ってきた彼女はかごめの祖父に掃除の完了を報告をするべく廊下を歩いていく。疲れからか何気なく「アイス食べたいなー…」と呟きながら。
そんな時、


『『逢ふことも…涙に浮かぶ我が身には…死なぬ薬もなににかはせむ…』これは、時の帝が詠んだ歌です。もうかぐや姫に会うこともないので、その悲しみの涙に浮かぶほどである私にとって、こんな不死の薬など…という意味ですね。帝はそのあと、日本で一番高い駿河の山で、その不死の薬を燃やしてくるように家臣たちに言いました。以来その山は不死と呼ばれ、いまの富士山の語源になったと言われています』


不意に聞こえてきたそんな音声に足を止める。釣られるように居間を覗いてみれば、気怠げに寝転がる犬夜叉の前、そこに置かれたテレビから先ほどのナレーションが流れていた。
どうやらドキュメンタリー番組が“かぐや姫”の特集をしているらしい。


「…犬夜叉、それ見てるの?」
「あ? じーさんが勝手につけただけだ」


そう言いながら犬夜叉は大きなあくびをこぼす。するとそこへ件の祖父が戻ってきたため掃除が終わったことを伝えると「おお、もう終わったのか。彩音ちゃんは仕事が早いのお」と満足そうに笑顔を浮かべられた。それに「いえいえ〜」と笑い掛けては、もう頼まれごともないため一息つくように犬夜叉の傍に腰を下ろす。

そうしてなんとなく目を向けてしまう点けっぱなしのテレビでは、相変わらずかぐや姫の話が続けてられていた。


「“かぐや姫”かあ…確か、求婚してきた人たちに無理難題言って、全部断った挙句には月に帰った…みたいな話だっけ」
「なんだそれ。勝手な奴だな」
「それでも怒られなかったどころか悲しまれるくらいだし、よほど側に置いておきたいくらいの相当な美人だったんだろうねー」


それだけ美人で持て囃されるというのは、一体どれだけ気分がいいのだろう。想像も及ばない状況になんとなく羨ましく思えてしまうような気がして、彩音はテレビを見据えながら実現し得ない現実に嗤笑を浮かべて頬杖を突いた。

もしかぐや姫が実在するとすれば、弥勒はすぐに会いに行って求婚するだろうし無理難題もこなそうとしてしまうんだろうな。そして月に帰ってしまうことに、物語の帝たち同様ひどく落胆するに違いない。なんて思いをよぎらせてしまってはついくすりと笑みをこぼした。

――そんな時。ふとよぎった思いに思考を止める。“犬夜叉はどうだろう”、と。

元々桔梗という想い人がいる彼のことだ、相当の美人であろうとも知りもしない女には興味を持たないだろう。それゆえ求婚もしなければ、かぐや姫が月に帰ってしまってもなんとも思わないはず。
それが容易に想像できてしまうからこそ気になって、彩音は傍で転がる犬夜叉の姿をそっと視界に入れた。


(もしそれが私だったら…私がいなくなったら…犬夜叉はなにか、思ってくれるのかな…)


先ほどとは違い、想像の難しい状況に不安がよぎる。
かぐや姫とは違い、初対面でもなければ顔見知り程度の関係でもないのだ。さすがに無関心ということはないだろう。それこそ桔梗ほどではないにしろ、少しは惜しんだり悲しんだりといった様子を見せてくれるのではないだろうか。
…なんて、期待のような思いを抱かずにはいられなかった。

そんなことを一人思案しながらまじまじと彼を見つめる。するとその視線に気が付いたらしい犬夜叉が振り返ってくるなり、不躾に「なんだよ、人の顔じろじろ見やがって」という声を向けてきた。
その顔はなんとも訝しげなもの。いつも通りのその姿を目の当たりにした途端、彩音はどこか安心するような思いを抱きながら小さく笑むと、犬夜叉の方へ少しだけ身を乗り出しながら自身を指差して言った。


「ねえ犬夜叉、ちょっと私に求婚してみてよ」
「な゙っ!? きゅ、求婚って…なんでおれがそんなことしなきゃならねーんだっ」
「細かいことはいーからいーから。ほら、早くっ」


思いもよらない要求に頬を赤くする犬夜叉に対して彩音はへらへらと楽しそうに促す。求婚などそんな風に軽々しくするものではないだろうが、犬夜叉にとってはそんなこと以上に“相手が彩音である”ということがなにより躊躇いを抱く要因であった。

しかしそうだとは思いもしない彩音は変わらず軽い調子で「ほらほら〜」と囃し立てる。それはあまりに躊躇いも羞恥心もない姿。
その様子を見ていた犬夜叉はふと真意を悟ったような気がして眉根を寄せると、伏せがちにした白い目を彩音に迫らせた。


「さてはおめー…おれに無理難題を言いてーだけだろ」
「あ、ばれた? なんか無茶振りしたかったんだけどなー」


犬夜叉の核心をついたような疑いの目に彩音はころ、と笑みを浮かべて呆気なく真相を明かしてしまう。その瞬間犬夜叉は拳を振るわせそうになったが、彼女の茶目っ気溢れる無邪気な笑みに気を抜けてしまう気がして大きなため息をついた。

求婚させられずに済んだことは、幸か不幸か。少し安堵したような肩を落とすような、それでいて呆れるような複雑な思いを抱かされた犬夜叉は「けっ。そんなことだろうと思ったぜ」と吐き捨てると、強引に話を終わらせるよう彩音に背を向けて寝転んでみせた。

それだけでなく、ふて腐れるように頬杖を突いた彼はいかにも不満そうな声で悪態づくように言う。


「大体、いつまでこんなことしてんだよ。奈落を倒しても、四魂のかけらはまだ集まってねえんだぞ」


弄ばれた不満により、行動できないことへの我慢の限界を呼び起こされたのだろう。犬夜叉はその声にどこか苛立った色を交えながらそう告げてくる。

――確かに犬夜叉の言う通り、四魂のかけらは未だ揃っていないのだ。宿敵である奈落を倒したところで四魂のかけらが全て見つかったわけではなく、それを狙う者がいなくなったわけでもない。ゆえにそれを早急に捜し集めなければならないことに変わりはないのだ。

それを思い出さされると、彩音は困った様子を見せながら言い返した。


「私だってそれは分かってるけど…今はかごめの帰りを待たないと、向こうに戻ったって仕方ないでしょ」


「置いて行くわけにもいかないんだし…」そう続けながら壁の時計に目をやる。
時刻を見ればかごめの下校にはまだ少し早い頃合い。だがこんな様子の犬夜叉に“まだだ”と伝えてしまっては小言が増えて言い争いに発展する恐れがある。最悪、一人で街中へ飛び出してしまうだろう。

そんな一連の流れを懸念してしまうと、彩音は腰を上げて犬夜叉へ向き直った。


「そろそろ終わるだろうから、私はかごめを迎えに行くね」
「かごめがさっさと帰ってくりゃ、向こうに帰れるんだな?」
「え? そりゃそうだけど…でも、犬夜叉はちゃんとここで待っててよ?」
「…………」
「ねえ、なにその無言」


犬夜叉の突然で不自然な黙り込みに疑いの目を向ける。彼が黙り込むのは都合が悪いかなにかを企んでいるかが主なパターンだ。
まさかなにかしでかすつもりじゃないだろうな…と感じざるを得ない彩音は眉根を寄せると、キッチンにいた草太へ「ごめん草太くん、犬夜叉のこと見張ってて」と言付けた。それに元気よく返事をくれる草太の声を耳にしては、もう一度ちらりと犬夜叉を見やってから廊下へ向き足を踏み出した。

さすがに見張りがいたら大丈夫だろう。そう思った次の瞬間――


「あっ!? 犬の兄ちゃんが逃げた!」
「はあ!?」


背後から突然上げられた思いもよらない草太の声につい大きな声を出してしまう。咄嗟に居間へ身を翻せば、先ほどまで犬夜叉がいたはずの場所に立つ草太が驚きと焦りに満ちた表情で縁側の方を指差している。


「ごめん彩音ねーちゃんっ。ぼくが部屋に入ろうとした途端、犬の兄ちゃんが出ていっちゃった!」
「あ、あいつ…!」


思いもよらないほんの一瞬の隙を突くように逃げ出した犬夜叉へ思わず拳を震わせる。
草太に見張りを頼んだとはいえ、彼が犬夜叉の傍に行くよりも先に目を離したのは早計だったようだ。それを思い知らされる現状に「くっ…」と小さく漏らすと、すぐさま草太へ向き直った。


「草太くんお願いっ。私は犬夜叉を捜しに行くから、草太くんは念のためかごめに伝えに行って!」
「う、うん!」


彩音の指示に草太が返事をすれば、二人は揃って玄関へと駆け出した。そこを抜けるとちょうど買い出しから帰ってきたかごめの母がいたのだが、「ちょっと犬夜叉を捜してきます!」と言った彩音とそれに続く草太の姿を見た彼女は「あらあら。気を付けてね」と特に心配する様子もなく微笑ましげに手を振ってくる。どうやらもう日常茶飯事と思われているようだ。

そんな母とは対照的に慌ただしく飛び出した二人はどたばたと走り、神社の石階段を跳ぶように駆け下りていった。








「はあっ…はあ…い、いない…」


当てもなく犬夜叉の姿を捜して走り回っていたが、一向に見えないその姿に彩音はとうとうコンビニなどが並ぶ路地で足を止めてしまった。
あんな話をしていた直後のことだ、きっと犬夜叉はかごめを迎えに行ったに違いないが、どうしてかその姿はどこにも見つからない。一応彼なりに人目を避けているのだろうか。それならばいいのだが、どちらにせよやはり彼が一人で外を出歩いていることへの不安は拭えない。

こんなことならばGPS代わりに四魂のかけらを持たせておくべきだった…とどうしようもない後悔をしては、大きなため息をついてスマホの時計を表示させた。走り回っていたおかげか気が付けばかごめの学校も終わっている頃合いだ。
ひとまずかごめと草太と合流して犬夜叉を捜そう。そう考えてスマホをポケットに押し込んだ時、ふと顔を上げた先から草太とともにこちらへ駆けてくるかごめの姿を見つけた。


「! かごめっ」
「彩音? なんでこんなところに…」


彩音が思わず駆け寄りながら呼び掛けた声に気が付いたようで、かごめは目を丸くしながら同様に駆けてくる。
そうして三人が足を止めたのはペットショップの前。軒先に並べられたケージから激しくワンワンワンと鳴き声を上げられるが、それどころではない状況にかごめが訝しげに眉をひそめながら問いかけた。


「みんなの前だからって草太が詳しく教えてくれなかったんだけど…なにかあったの?」
「実はその…犬夜叉が…」
「さっきまでうちにいたんだけど、どっか行っちゃったんだ!」


後ろめたさから言いづらそうに口籠る彩音に代わり、草太が慌てた様子で食い気味に言い放つ。するとそれを耳にしたかごめは目を見張り、「彩音もいたのに!?」と吠え続ける犬に負けないほどの声を上げ、途端に二人を叱るよう顔を迫らせてきた。


「ダメじゃないの、ちゃんと見張っててくれなきゃ! あんな目立つ赤い服着て、怪しい人に間違われちゃったらどうするの!?」
「ほんっとごめん! 犬夜叉が早く帰りたがったから、とりあえず私がかごめを迎えに行くから待っててって言ったんだけど…一瞬目を離した隙に、こんなことに…」


当時のことを思い出しながら自身の油断に肩を落とすようそう口籠る。そんな彩音の声がワンワンワンと激しく吠え続ける犬たちによって掻き消されてしまうと、痺れを切らしたかごめがきっ、と眉を吊り上げて犬たちへ振り返った。


「もー、うるさいわね! おすわり!」
「ふぎゃあっっ」
「「…え!?」」


突如目の前のペットショップとは違う方向から間抜けな悲鳴が上がって目を丸くする。思わず振り返った先――彩音たちの左手側に備えられた証明写真機の前で地面に突っ伏した犬夜叉の姿があった。


「犬夜叉っ。あんたどこにいたの!? 勝手に出ていったりして…」
「どこって…おめーじゃ遅いから、おれがかごめを迎えに行ってやろうとしたんだろーがっ」


彩音がすぐさままくし立てるよう詰め寄ろうとすれば、犬夜叉はばっ、と飛び起きてこちらに顔を迫らせてくる。
完全なる逆ギレだ。そう思わざるを得ずすぐに言い返そうとしたのだが、ふと彩音は彼の手に握られているものが気になって目をぱちくりと瞬かせた。


「…ちょっと待って犬夜叉。あんた、なんでアイスなんて持ってんの?」
「なんでって…おめー、食いたいって言ってただろ」
「え? 私そんなこと…」


思いもよらない彼の言葉に否定しようとしたが、それは声をすぼめるように途切れてしまう。

思えば境内の掃除が終わった頃、かごめの祖父に報告に行く途中でぽろ、と独り言をこぼした覚えがある。しかしあれは誰もいない廊下で呟いたもの。まさかそれを犬夜叉が聞いていたとは思わず、ましてや買ってきてくれるなど誰が予想できたか。
想定外すぎる出来事に戸惑いと衝撃が隠せず、先ほどまで犬夜叉に詰め寄っていたことも忘れては呆然とするまま小さく口を開いた。


「え、えーっと…その…ありが、とう…?」
「別に…たまたま見つけて思い出しただけだ」


困惑と戸惑いがせめぎ合う中で一応お礼を言えば、犬夜叉はぶっきらぼうにそう告げながらアイスを渡してくる。

もしかしたら先に家を出たはずの犬夜叉がかごめの元へ辿り着いていなかったのはこのためだったのかもしれない。それを思いながらアイスを受け取っては、自分の些細な要求を覚えていて、さらにそれを叶えてくれたということへの嬉しさが込み上げてくる。

だがふと気に掛かったことに顔をしかめると、なんだかひやりとした嫌な感覚が嬉しさを掻き消していく。それはどうやらかごめも同じようで、訝しげな表情を見せるとともにアイスを指差しながら犬夜叉へ問いかけた。


「ちょっとあんた、お金なんて持ってなかったわよね? なのにこれ…一体どうやって買ってきたのよ」
「あ? 金ならあとで――」
「ね、ね、知ってる? 三丁目のオニババの話…」


顔を強張らせるかごめに対して犬夜叉が平然とした態度のまま答えると同時、突如背後から子供の好奇心旺盛な話し声が重なるように聞こえてくる。

ただでさえ犬夜叉が人に見られては厄介だというのに、小さな子供に見つかってしまってはちょっとした騒ぎになりかねない。それを思った彩音が咄嗟に犬夜叉の体を押そうとすると、その直前、慌てたかごめが彩音諸共犬夜叉を証明写真機の中へ強引に押し込んだ。

思わず「え゙っ私も!?」と声が漏れたが慌てているかごめには届かず、一人用の狭い空間に詰め込まれては犬夜叉に正面から抱きつく形になってしまう。それどころか、彼を壁に押し付けるように密着してしまった。その状況にはっとした彩音は慌てて謝ろうと顔を上げる。


「ご、ごめ――」


ごめん犬夜叉、と発したかった声は、鼻先に触れたつん、という小さな感触に止められる。目の前には彼の顔。丸く見張った金色の双眼がすぐそこにあって、再び触れてしまいそうなほど近くの彼の鼻が先ほど自身のそれに触れたものなのだと思い知らされる。

唇すら触れてしまいそうなほど近く、直接吐息を感じる距離。それに互いが顔を赤く染めた――その瞬間、先ほどの“三丁目のオニババ”の噂を口にしていた子供たちの声がすぐ傍で飛び交った。


「真っ赤な服着てるんでしょ?」
「髪の毛が長くて真っ白で…」
「角が生えてるんだって」
「あたしはおじさんって聞いたよ」
「えー? お姉さんがチョコをくれるんじゃないの?」


子供たちが口々に言い合うその言葉に彩音は今しがた感じていた羞恥心も忘れてぎょっとしてしまう。
よく聞けば噂が独り歩きして的外れなことを言っている子もいるようだが、最初に聞こえた複数の特徴はどう考えても犬夜叉のことだ。それを嫌でも思い知っては、すぐさま責め立てるように当の本人へ強く向き直った。


「ばか! あんた人に見られてるじゃんっ。絶対こうなるから外に出さないようにしてたのに!」
「なっ…お、おれがわりーって言うのかよっ。早く四魂のかけら集めなきゃいけねえってのに、おめーがちんたら庭掃除なんてしてっから、おれがかごめを迎えに行ってやったんだろっ」


突然彩音に責め立てられたことで本調子を取り戻したか、犬夜叉もまた羞恥心を掻き消すように語気を強めて言い返す。その言葉に彩音はたまらず「こっちはそんなこと頼んでないっ」と反論したのだが、気が収まらない犬夜叉は声を荒げてまくし立てるように言葉を続けた。


「そうでもしねーとおめーらはいつまで経っても怠けてやがるだろ! 大体四魂の玉がああなったのは、元々おめーのせいなんだからな!?」
「それは言われなくても分かってるわ!」
「分かってねえっ!」


納得がいかない思いからか二人は言葉を返すたびに声量が大きくなりどんどんヒートアップしていってしまう。もはや体が密着していることも民衆から隠れていることも忘れているだろうその声は証明写真機からダダ漏れで、さらには姿を隠すカーテンすら大きく揺らしており、なんのために中へ隠したのか分からなくなっている始末。

そんな二人の様子には外に立つ草太も呆れたように頭を掻いて深いため息をこぼした。


「もー、会えばケンカばっかりなんだから…」
「草太?」


呟きながらポケットの小銭を取り出す草太の姿にかごめが不思議そうな顔を見せる。すると草太は証明写真機のカーテンをわずかにめくって中を覗き込み、言い合いに夢中でこちらに気が付かない二人を見ては「自分たちの愚かさをよーく見なさい」と言いながら証明写真機へ小銭を投入していった。

――すると数秒後、突然パシャ、というシャッター音とともに眩いフラッシュが閃いて。驚いた犬夜叉と彩音は目を丸くしてレンズの方へ振り返った。


「えっ、なんで…」
「なんだこいつ!? 彩音、下がってろっ」


なぜ撮影されているのかと驚く彩音だったが、その声を遮ったのは一層驚き警戒した犬夜叉であった。どうやら馴染みのないフラッシュを“攻撃”と捉えたようで。瞬時に臨戦体制となった彼はすぐさま彩音を背後に隠さんと強く押し退けるが、その拍子に彩音が手にしていたアイスが彼の袖にべちゃ、と付いてしまったのを見て彩音は思わず「あっ、ちょっと!」と慌てて声を上げた。


「急に押すから衣にアイス付いちゃったじゃん!」
「今そんなこと気にしてる場合か! 先にこいつを倒さねえと…」
「倒すってなに言って…え゙っ。な、なにしてんの!? ダメダメ攻撃しないでっ、これ敵じゃないからっ!」


睨みつけ爪を構える犬夜叉の姿にようやく事態を察知した彩音は慌てて彼の腕を抱え込むように引き寄せる。だがその勢いが強すぎたようで、今度はわずかによろけた犬夜叉の顔にべちゃっ、とアイスがぶつかってしまった。それには犬夜叉も「冷てえっ!」と悲鳴のような声を上げる。


「なにしやがるっ。大人しくしてろっ」
「だからこれ敵じゃないのっ。あんたこそ大人しくしててよ…って、あーっ! アイス落ちちゃったじゃん!」
「おめーが邪魔するからだろ! くそっ、さっさと片付けてやる。散魂…」
「わーーっっ、ばかばかおすわりーーーっ!」


容赦なく振り上げられる腕にぎょっとした彩音の言霊が炸裂する。その瞬間狭い床に強く叩きつけられる音とともに「ふぎゃあ!」という間抜けな悲鳴が大きく響き渡った。

――そんな二人の声や物音は周囲に丸聞こえで、いつしか証明写真機の周辺には先ほどの噂を口にしていた子供たちや通りすがりのサラリーマン、主婦などのたくさんの人が集まり、みんな驚き呆然とした様子で渦中の写真機へと視線を集中させていた。

…ただ二人を除いて。


「目立ってるわよ彩音…」
「ぼく知らないふりしよう…」


集まる民衆の目から逃げるように、かごめと草太だけはそっと証明写真機から距離を置いていたのであった。



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