08


突然現れた馴染みある武器、飛来骨。それは彩音を取り囲まんとする大量の蛾を容易く散らし、大きく旋回しながら暗闇に沈む横穴へと返って行った。
どうして飛来骨がここに、そう思うと同時に膨らむ期待に視線を上げ、すぐさま駆け込んできた人影に表情を明るくさせた。珊瑚だ、それに加えて弥勒までもがわずかに光の射すこの空間へ駆け込んでくる。


「珊瑚っ、弥勒!」
「彩音ちゃん!?」
「雲母ばかりか、彩音さままでいらしたとは…」


堪らず笑顔をのぞかせる彩音の姿に二人は目を丸くする。それもそのはずだ、雲母を追っていた二人は彩音が連れ去られていることなど露ほども知らずにここへ来たのだから。

しかし雲母を奪った奴らの元に彩音が一人でいる、それは彩音に事情を聞かずとも明るい話ではないことくらい明らかで。それを悟った二人は途端に眉根をきつく寄せながら、瑪瑙丸たちを射抜かんばかりに睨みつけた。


「なにを企んでるのかは知らないけど…二人は返してもらうよ!」


珊瑚は大きく声を張り上げると同時に強く地面を蹴る。同様に駆け出した弥勒と共に手を下しにかかるが、二人が駆けるその姿に反応する小さな影が動きを見せた。玻璃の手の中に収まっていたそれは地表へ降りるなり勢いよく業火を上げて変化し、獰猛な獣の姿で珊瑚たちに対峙する。


「雲母!」
「貴女のところへなど、帰りたくないそうです…」


挑発するように笑みを浮かべながらそう囁く玻璃が腕を交差させて駆け出す。その時指先に摘まんだ木の葉を大きく燃え上がらせ、直後それを見慣れぬ双剣へと変えた。どうやらそれが彼女特有の武器らしく、解き放つように両腕を広げられた瞬間、そこから十字の光の刃を放たれる。

手慣れた素早い動き、それでも珊瑚は咄嗟に飛来骨で受け止めてみせた。しかしその威力は並ではなく、強く踏ん張ることでようやく打ち消すことができるほど。その上体勢を立て直す暇もなく飛び掛かってきた玻璃が振り下ろす剣を飛来骨で必死に受け止めることが珊瑚には精一杯のようであった。


「珊瑚!」
「あんたの相手はあたしだ!」


畳みかけられる珊瑚に加勢しようとした弥勒だったが、長槍を構えた瑠璃がその行く手を阻むように襲い掛かる。それへ強く顔をしかめた弥勒は瞬時に錫杖を握り直し、勢いよく突き込まれる長槍を打ち払うよう激しい音を立てて交錯した。


「珊瑚! 弥勒っ!」


それぞれが武器を交え闘う姿に彩音は堪らず声を上げる。二人が負けるとは思っていない、だがそれぞれがほぼ互角な上に雲母を奪われ操られているのだ。不安はどうしても、わずかであろうとよぎってしまう。


「……っ」


行かなきゃ。二人を手伝わなきゃ。
そんな思いをにじませた彩音はすぐに燐蒼牙を握りしめると、シャッ、と音を立てて刀身を現した。わずかに射し込む月明かりが燐蒼牙の白くも蒼い刃を反射させる。
その光が線を引こうとした――その瞬間、突如燐蒼牙を握る腕が背後から強く掴み上げられた。


「なっ…!? あっ!」


腕を引っ張り上げられ、同時に肩を押さえ込まれた痛みに顔が歪む。ギリギリと悲鳴を上げる腕の痛みに唇を噛みしめながら背後へ視線を向ければ、そこには百群色の髪を揺らし胡乱げな笑みでこちらを見つめる瑪瑙丸の姿があった。


「女…貴様はこの私のために働くのだ…」
「な、にを…っく、あっ…!」


一層締め上げられる腕の痛みに短い悲鳴が漏れる。腕を振り払わなければならないのに瑪瑙丸が彩音の体を押しつける力は強く、振り払うことができないどころか抵抗しようとすればするほど痛みとなって自身へ返って来てしまう。

痛みが燃えるような熱となって腕全体に広がっていき、声にならない悲鳴を押し殺すばかり。そんな状態で薄っすらと滲んだ涙をまぶたで押し潰してしまうと、肩を押しつけていた力が突如フ…と消え去った。
しかしその直後にはク、と顔を掴まれる感覚。思わず目を見開けば、瑪瑙丸の胡乱げな笑みがそこにあった。


「味見程度なら問題ないだろう…」


そう呟きながら近付く笑み。そして、顔をわずかに上向かされる感触。

こいつ一体なにを。
まさか、

――そんな思いがよぎった次の瞬間、突如一本の矢が瑪瑙丸の髪を掠めて過ぎ去っていった。


「彩音ー! 伏せろーっ!」


突然響き渡る犬夜叉の怒号。心臓が跳ねるような感触を覚えたその瞬間、目と鼻の先にあった瑪瑙丸の顔が声の元へと振り返った。同じくそこへ向けた自身の目で見たものは、鬼気迫る表情を見せる犬夜叉が「食らえっ!!」と声を上げ風の傷を放った姿。
刹那、瑪瑙丸の手がわずかに緩んだことに気付いては咄嗟に強く振り払い、即時その場から逃げ出した。

だが瑪瑙丸は犬夜叉と彩音どちらにも驚く様子なく、迫る風の傷へ向き直ったかと思えば振るった剣で風の傷を易々と打ち消してみせた。


「待ちわびたぞ、犬夜叉!」


剣の切っ先を犬夜叉へ向けて不敵な笑みを浮かべる瑪瑙丸が声を弾ませる。彼の目論見通り、彩音を助けにきた犬夜叉はかばうようにその前へ立ちはだかると背からかごめを下ろし、同時に鋭くした瞳で瑪瑙丸を睨みつけた。


「彩音は返してもらうぜ!」
「犬夜叉っ!」


待ち望んだその姿に彩音は堪らず表情を綻ばせ、溢れんばかりの笑みを浮かべる。それは珊瑚と弥勒も同じで、武器を交えながらも仲間の来訪に嬉しさを表していた。

しかしそれらとは対照的に犬夜叉の姿を見とめた瑠璃と玻璃は突然闘いの手を止め、大きな声で「雲母!」と呼びつけた。すると雲母はすぐに宙を駆け、軽々と跳躍した瑠璃と玻璃をその背中に乗せて天高く上っていく。


「雲母!」


咄嗟に珊瑚が呼び止めるべく名前を叫ぶが、雲母はそれに振り返ることもなく。敵であるはずの二人を乗せたまま呆気なく空の向こうへと飛び去った。
それは瑠璃と玻璃による攻撃の予兆ではない、確かに雲母を含む彼女らはこの場から逃げるように去っていったのだ。なにかを企んでいるのか、主を残して消えてしまう彼女らの姿に、弥勒は思わず「なにか、おかしい…」と呟き眉間にしわを寄せる。

だがその主である瑪瑙丸はそれらを一切気にする様子もなく犬夜叉へと襲い掛かり、何度も剣を交えていた。そして耳をつんざくような金属音を響かせ、そのまま押し込むように振り下ろされた鉄砕牙を易々とかわしてみせる。


「ははは…どこを狙っている!」
「はあっ!」


見下すようにその身を浮かせた瑪瑙丸へ犬夜叉は負けじと鉄砕牙を振り降ろす。その瞬間に放たれた風の傷は真っ直ぐに瑪瑙丸へと打ち付けられ、「がっ!」とほんの短い断末魔を上げたその体を激しく襲った。

勢いよく迸る電撃のような光。それがひとしきり煌めいて治まると、瑪瑙丸の体は呆気なく地面へ叩き付けられるように落ちてしまった。


「…けっ! やったぜ」


ざまあみろ、そう言わんばかりに笑みを浮かべる犬夜叉が構えを解こうとした――その瞬間、不意に巨大な牙が刺さる地面に怪しげな赤い光が灯され始めた。ただの光ではないだろう、その不穏な空気に目を疑い怪訝な表情を見せる犬夜叉の前で、力なく横たわっていた瑪瑙丸に変化が訪れた。

どういうわけか風の傷によって刻まれた胸の大きな傷が、スウウ…と時が戻るかのように消え始めたのだ。


「なにっ!?」
「ふふふ…」


咄嗟に鉄砕牙を握り直し身構える犬夜叉の前で、瞳に光を取り戻した瑪瑙丸は胡乱げな笑みをこぼしながらその身を起き上がらせる。
先ほどまで気絶していたわけではない、確かにあの一撃で仕留めたはずだった。それを思うと不気味さにゾクリと震えが走り、彩音は犬夜叉の背に隠れながら顔を強張らせた。


「あ、あいつ…生き返ったの…!?」
「…くそっ、どうなってやがる!?」
「私は不死身だ…」


当然のように立ちはだかりそう口にする瑪瑙丸の口元には緩やかな弧が描かれる。そんな彼の言葉はハッタリなどではない、確固たる自信を持って放たれたものであった。

その姿に彩音たちが堪らず不安をにじませていく中、突如「犬夜叉さま!」と高らかな声を上げてきた冥加が犬夜叉の髪の中から姿を現した。


「瑪瑙丸は後ろにいる飛妖蛾から、妖力を吸収しているのですじゃ! 飛妖蛾の肉体はすでに滅びていますが、その無限に近い妖力が、あの中に封じ込められているのですじゃ…」
「飛妖蛾だって!? …あれがか!?」
「…ほう、冥加じじい、今日は珍しく逃げなかったのか?」


地面の下で怪しく光る物体に訝しむ目を向ける犬夜叉に次いで、瑪瑙丸はその地面の上へと歩みながら余裕を表した笑みで冥加に語りかける。彼が冥加を知っているのは恐らく、以前犬夜叉の父と飛妖蛾が闘った際に姿を見ていたのだろう。

冥加は嫌味っぽい瑪瑙丸の言葉にすぐさま眉を吊り上げると、吠えかかるようにその身を小さく乗り出した。


「やかましいっ。わしだって、本当は逃げたいわい! 犬夜叉さま、早くこの糸を外してくだされ!」
「どうすればあいつを倒すことができるか、教えたらな!」
「そんな無茶な…!」


どうやら冥加を逃がさないように念珠に括りつけていたらしい犬夜叉は彼の涙声の懇願も聞かず、それどころか一度も目をくれることさえなく鉄砕牙を握り締めて瑪瑙丸を睨みつけていた。
しかし瑪瑙丸はそんな犬夜叉の気迫に怯むこともなくわずかな笑みを湛えたまま、自身の剣を両手で握り締め眼前へと構えてみせる。


「無駄だ…貴様に私を倒すことなどできぬ…」
「妖力だかなんだか知らねえが…一緒にぶった斬っちまえばいいってことだろ!?」
「面白い…斬ってみろ、小僧!!」


犬夜叉の強気な声に瑪瑙丸は剣を回し意気揚々と挑発する。その間にも瑪瑙丸の足元の光は一層強まり、そこに刺さる巨大な牙にさえ光が通るほど眩く溢れ出した。
明らかな違和感――それに気付いた珊瑚と弥勒はわずかに眉根を寄せ、同時に怪訝な表情を垣間見せる。


「なんか変だ!」
「気を付けろ! 犬夜叉!」
「なめんじゃねえ!!」


珊瑚たちがすぐに忠告の声を上げるも虚しく、犬夜叉はたちまち妖気をざわつかせて鉄砕牙を輝かせる。するとその瞬間に冥加もなにかを勘付いたようで、途端に焦燥感を露わにした。


「…いかん、やめなされ! 犬夜叉さま!!」


バタバタと四本の腕を振り回し犬夜叉へ制止の声を上げるが、その瞬間に瑪瑙丸が犬夜叉の気を引くように体を大きく開いて飛び上がった。
それによって犬夜叉は瞬時に嗅ぎ分け見つけてしまう。妖気の流れがぶつかる風の裂け目――


「風の傷!!」


可視化するよう目で捉えられたその裂け目へ向けて鉄砕牙を振り上げながら駆けて行く。その凄まじい勢いに、括りつけられたままの冥加が「くるぴー!!」と悲鳴を上げるもその程度で犬夜叉が止まるはずはなく。彼は勢いそのままに強く振り下ろした鉄砕牙で容赦なく妖気の裂け目を叩き斬った。

それにより目に見えていた妖気は左右に分かたれ、迸る衝撃波が眩い光となり瑪瑙丸を包み込んだ――その瞬間だった。


「ふふふ…そうだ、この時を待っていた…」


風の傷に体を穿たれながらも笑みを浮かべる瑪瑙丸の姿に犬夜叉は嫌な予感をよぎらせて「くっ…!」と小さな声を漏らす。一体なにを企んでいるのか、なにひとつ分からない犬夜叉はただ瑪瑙丸を滅さんとより懸命に力を込める。すると瑪瑙丸は抵抗することもなく風の傷に圧されて行き、衝撃波ごと背後の牙へと距離を詰めて行った。

――その刹那、視界を埋め尽くしてしまうほどの強い光がカァッと放たれた。

思わず目を塞ぎかけたその光は一瞬だけ治まり、再度牙の中心で強い閃光を放って消える。だがそれと同時に牙の中心部が粉々に砕け散りながら、禍々しいほどの怪しげな光を溢れさせた。

そこに、瑪瑙丸の姿はない。


「やった!」


瑪瑙丸を倒した、そう確信を得た犬夜叉が笑みを浮かべる。

――だが、なにかがおかしい。彩音がわずかにそれを感じ取ると同時に目の前の地面の割れ目から光が漏れ、それが徐々に牙の方へ向かうように数を増やして行く。そして次の瞬間、地面から噴き出した凄まじい妖気によってわずかに残されていた牙が木端微塵に吹き飛ばされてしまった。
すると突然辺り一帯が地震の如く揺れ始め、体の芯を震わせるほどの地響きが轟いた。


「ふふふ……ついに封印が解き放たれた!」
「…なんじゃと!?」
「ふははは!」


姿の見えない瑪瑙丸の高らかな笑い声が響かされ、辺りの揺れは一層大きさを増して行く。一同が動揺を隠せず辺りを見回す間にも瑪瑙丸の笑い声は響き続け、次第に頭上からは小さな岩がこぼれ始めた。


「なっ、崩れて…!?」
「早く逃げるんじゃっ」


彩音の声に重ねるように放たれた冥加の声を皮切りに、犬夜叉は咄嗟に彩音の手を取った。そして全員一斉に踵を返して駆け出し、珊瑚と弥勒が通ってきた穴へと向かう。だがそれを目前にしたところで突如巨大な樹の枝の一部が目の前に叩き付けられ、続け様に降り注いでくる岩や木片などの瓦礫が自分たちの周りを取り囲んだ。
このままでは閉じ込められて埋められてしまう、そんな思いがよぎる瞬間にも瓦礫は降り続け、周囲に大きな土煙を巻き上げていく。

するとその時、頭上の巨大な時代樹の根の付近に細かなヒビが瞬く間に広がっていく様子が見えた。


「ちっ。ぐずぐずしてられねえ! 行くぞ彩音!」
「わっ!?」


突然名前を呼ばれたかと思えば膝裏を掬われるような浮遊感に襲われる。強引に彩音を抱き上げた犬夜叉がこのままでは生き埋めになると察し、すぐさま地上へ向かって大きく跳躍したのだ。

だがそれと同時に地上の大地は形を保てなくなり、ボロボロと崩れるように陥没を始める。いくつもの大きな塊となった大地が落ちていく中、犬夜叉は彩音の体をしかと抱き込み、不安定な足場を次々と飛び移って行った。


「犬夜叉! 彩音!」


聞き覚えのある声が聞こえたその時、ようやく地割れの及んでいない安全な場所へと辿り着いた。どうやらその声の主は七宝だったようで、一連の出来事を見ていない彼はなにごとかと驚愕の表情を向けてくる。
しかし犬夜叉はそんな七宝に構うこともなく、腕の中でしっかりと自分に掴まっている彩音を覗き込んでいた。


「大丈夫か!? 彩音!」
「だ、大丈夫…だけど、みんながまだ…!」


彩音はそう答えながら地面へ降ろしてもらうと同時に、心配そうな表情で時代樹の方を見つめた。自身は犬夜叉が抱えてくれたおかげで助かったが、弥勒たちはあの場を飛び出すのにわずかに遅れていたはずだ。

まさか生き埋めになっていないだろうか、と不安に強く眉根を寄せていると突然地面から人の手がボコッ、と飛び出してくる。かと思えばそれはすぐ傍にあった七宝の尻尾を思い切り強く掴み込んだ。


「ぎゃーっ」
「…ここです…」


七宝が目一杯の悲鳴を上げる傍に現れたのは弥勒で、無事だったらしい彼は七宝を押し潰しながら懸命に地上へ這い出してくる。するとそれに続いてかごめと珊瑚も姿を現し、ケホケホと何度も咳き込んでいた。土煙を吸ってしまったのだろう。それでも全員大きなケガを負ってはいないようで、その様子を見届けた冥加が汗を拭いながら「みんな無事じゃったかー…」と安堵の声を漏らした。

――しかしその安堵も束の間、突如なにかが裂ける不気味な音が強く大きく響いてきた。

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