遙かの夏、リクエストの夏 | ナノ


▽ ジェットコースター・ロマンス(瞬×ゆき)


「瞬兄、林檎飴買っていい?」
「だめです。すぐに食べないものは帰る前にしてください。荷物になります」
「じゃあ、わたあめは?」
「あのような砂糖の塊を食べるのは感心しません」

間髪入れずに却下されて、私はちょっと肩を落とした。
瞬兄と「恋人」という特別な関係になって、初めての夏。
そして初めての二人きりのお祭りにはしゃぐ私とは対照的に、瞬兄はいつも通り落ち着き払っている。
濃灰の浴衣を纏った瞬兄はとても格好よくて、大人の男の人で、私の胸はどきどきしっぱなしで。
二人きりで歩くのが落ち着かなくてあれこれと提案する私を、瞬兄はぴしゃりと窘めてきた。
涼やかな目が甘い物ばかり食べてはだめだ、と私に語りかける。
けれど、それこそが甘い物だと言わんばかりに、瞳の奥に甘い色が広がっていた。
瞬兄は目が口ほどに物を言う人だから、感情の伝わり方が酷くダイレクトで。
気づいた途端、そわそわと落ち着かない気分になってしまった。

「え、っと、それならたこ焼きにするね。買ってくるからここで待ってて、瞬兄」
「ゆき!……走っては転ぶと言ったでしょう」

恥ずかしくて駆け出した私の手首を瞬兄の大きな手が捕らえた。
簡単に指が一周してしまうくらい、大きな手だ。
紛れもない「男の人」の瞬兄に、私の鼓動はテンポを上げていく。

「一緒に行きます。この人込みではぐれたら、あなたを見つけるのは困難だ」
「私なら大丈夫だよ、瞬兄を見つけるのは得意だもの」
「俺が手を離したときに迷子になったことを忘れたのですか?」
「…それは小さい頃の話だもん」
「……俺があなたの手を離したくないんです、ゆき」

手首を掴んでいた手がいつの間にか私の手のひらに触れて、ぎゅっと繋がれた。
瞬兄の大きな手が私の手を包み込んでいて、その優しい熱に頬がかあっと熱くなる。

「行きましょう」
「…うん」

私の少し前を歩く瞬兄は私が歩き易いように人の波を掻き分けてくれて、時折振り返って私の様子を確認しては、涼しげな目を緩めて微かに笑う。
着慣れない浴衣のせいで私の歩みはとても遅かったけれど、瞬兄はその歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
さらさらと揺れる瞬兄の絹糸みたいな髪が提灯の明かりでほんのりと橙色に染まっているのに見蕩れながら、私は繋いだ手を離さないように少しだけ力を入れる。
瞬兄は、その手を強すぎない力でそっと握り返してくれた。

「ゆき、この店でいいですか」

そうして瞬兄が足を止めたのは比較的人が並んでいる店の前だった。
外側はカリカリで、中がとろりとしているのだと看板に書いてある。

「うん。いい匂い……美味しそうだね、瞬兄」
「ええ。ゆき、俺が並びますから、あなたは店の隣で待っていてください」
「でも手を離したらはぐれちゃうよ」

先程の仕返しとばかりにそう言えば、瞬兄はちょっとだけ驚いた顔をした。

「……あなたがどこにいても、俺はあなたを見つけます。だからゆき、言うことを聞いて、大人しくあちらで待っていてください」

諭すような口調は困っているような響きを含んでいて、私は慌ててこくりとそれに頷いた。
瞬兄を困らせたくない。
手のかかる子だと兄のように叱られたくはなかった。
恋人になってからは何だか色んなことを気にしてしまって、自分らしくないんじゃないかと思うこともあるのだけど、甘えてばかりじゃなくて歩み寄れる場所を探していくことが大事なのだと、私はそう思っている。
だから本当は手を離したくなかったけれど、そっと繋いでいた手を解いた。

瞬兄のぬくもりが夏の風に吹かれて消えていく。
何だかそれが凄く寂しくて、でもそんな顔をしているのを見せたらもっと瞬兄が困ってしまうから。
くるりと踵を返して急いで屋台と屋台の間の狭いスペースに向かおうとしたそのとき、瞬兄が「ゆき」と小さく私を呼んだ。

「…あなたの近くに誰かが、他の男がいるのが嫌なんです。分かってください」

え、と瞬兄の顔を見れば、瞬兄はほんのりと目尻を赤く染めていた。
屋台の横で待っているより、並んだ方が確かに人と人の距離は近い。
瞬兄の前の人も後ろの人も男の人で、そこに私が入れば男性に挟まれることになる。

「子供じみていると自分でも分かっています。ですが、あなたのこととなると我慢が出来ない」

人に聞かれないように声のトーンを落とし、続ける言葉にじわじわと顔が赤くなる。

「あなたの傍にいるのは、俺だけでいい」
「っ……!」
「ゆき、分かったなら返事を」
「う、うん、待ってる、あっちにいるね、瞬兄」
「……その返事ではなかったのですが」

苦笑する瞬兄はもういつも通りの瞬兄だったけれど、甘い低音が私の胸をびりびりと震わせて、どきどきが止まらない。
胸を押さえて屋台の隣へと逃げ込んで、ほうと息をつく。
ばくん、ばくんと心臓が煩くて、頬が燃えるように熱かった。
瞬兄の声が、言葉が、耳から離れてくれそうもない。
私の傍にいるのは、瞬兄だけ。
瞬兄以外の人がこんな風に私の鼓動を乱したりはしないのに。

へにゃ、と膝から力が抜けて、その場にしゃがみ込む。
浴衣じゃなかったなら、そのまま尻餅をついてしまっていたかもしれない。
火照った頬をどうにかしようと都が塗ってくれたピンクのペディキュアを眺めるも、この爪だって瞬兄が少しでも私を可愛いと思ってくれるようにと考えてしてもらったことで、どきんとまた胸が高鳴ってしまった。
恥ずかしい。恥ずかしいのに、嬉しくて、幸せで、心臓がどうにかなってしまいそうなほどどきどきして。

(どうしよう、瞬兄の顔、ちゃんと見れないかも……)

ぎゅっと目を瞑って自分の中のどきどきをやり過ごす。
瞬兄がたこ焼きを手に戻ってくるまでにどうにかしないといけないのに、ちっとも鼓動は治まってくれなかった。
それどころか瞬兄のことを考えるだけでどんどんとそれが酷くなる。
瞬兄が好き、で。
このまま息が詰まってしまいそう。

(……こんなの、初めて)

どうしたらいいのかなんて、分かるはずもない。
俯いて足の先を見詰めたまま、じっと瞬兄を待つので精一杯だった。






「ゆき、お待たせしました」

どきどきを抱えたまま待っていると、たこ焼きを手にした瞬兄が砂利を鳴らしながら歩いてきた。
私の気持ちなんて全く知らない瞬兄は、座り込んでいた私に眉根を寄せると「具合が悪いのですか」とそっと私の手首を掴んだ。
見上げる瞬兄の表情は医者のそれで、その凛々しさにまた見蕩れてしまいそうになる。

「脈が少し速いですね。熱はないようですが。人込みに酔いましたか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと…どきどきしただけなの」
「何か気がかりなことでも?」

軽い力で引かれて、腰を上げる。
そのまま繋がれた手の温もりにもどきどきしてしまう私を瞬兄が心配そうな目で見詰めてきた。

「瞬兄のことが、す…、好き、だなって……思ったら、」
「っ…」
「……どきどきして、落ち着かなくなっちゃって……」
「ゆき……あなたという人は…っ」

だから心配を掛けてはいけないと素直に告げれば、瞬兄が声を震わせてじわりと耳を赤くする。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
不思議に思って首を傾げると、瞬兄は深々と溜息をついた。

「……ゆき、たこ焼き、冷めないうちに食べてしまいましょう。こちらへ」

好きだからどきどきする、なんて、流石に呆れられてしまったかもしれない。
でも人を好きになるなんて瞬兄が初めてだから、どういう風にしていいのか瞬兄が教えてくれないと私は何も分からなくて。
だめなことはだめと言って欲しいし、して欲しいことはちゃんと口にして欲しい。
そのたびに落ち込んだりどきどきしたりするだろうけど、恋人なんだから瞬兄に甘えるだけの一方的な関係ではいたくないのだ。
でもそんなこと言えるはずもなくて、とぼとぼと肩を落として手を引かれるままに瞬兄の後ろを歩く。
人込みを縫うようにして辿りついたのは、屋台の並ぶ道から一本中に入った、人気のない神社の境内だった。

「足、疲れたでしょう。座って。ここなら浴衣も汚れません」

言われるがままに木の床板の上に腰を下ろすと、瞬兄も私の隣に腰を落ち着けた。
膝の上に瞬兄のハンカチを敷かれてその上にたこ焼きが置かれる。
小さい頃に私と祟くんの面倒を見てくれた瞬兄そのもので、何だか胸がきゅうっと痛くなった。

対等でありたいのに、私と瞬兄はそれこそ小さい頃からそうじゃなくて。
瞬兄にとって私は仕えるべき神子で、私にとって瞬兄は「兄」で、「家族」だった。
恋人になった今も、急に変わった関係と今までの関係のバランスが取れていないような気がする。
そう思えば思うほどさっきまで瞬兄の甘い言葉にどきどきしていたのが嘘みたいに心が冷えて涙が零れそうで。
恋人なのに、まるで兄と妹でしかないみたいで、ツキンとまた胸が痛んだ。

「あれ…瞬兄の分は?」
「俺は要りません。遠慮せずに食べてください」
「でも…」

泣きそうになるのを堪えようと、うじうじと考えそうになる自分を叱咤してたこ焼きに意識を移した。
でも、たこ焼きは一舟しかない。
私が食べたいと言ったから買ってくれただけ。
瞬兄は今も昔もいつだって私の我儘を何だって叶えてくれる。
だけど、私は瞬兄に何一つしてあげられない。

「……そんな顔をしないでください。俺が自分の分を買わなかったのは、あなたが残すと分かっているからです」
「え?」
「それに、もっと色んなものを食べたいという顔をしています。たこ焼きで腹が一杯になってしまってもいいのですか?」
「……林檎飴、食べてもいい?」
「勿論。ですが、それは帰ってからです」
「クレープも買っていい?」
「甘さは控えめのものにしてください。食べきれないでしょう?」

ふわ、と瞬兄が微笑む。
柔らかな色をした菫の瞳にどくんとまた大きく胸が鳴った。

「じゃあ瞬兄と半分こだね。ふふっ」

自然に笑みが零れて、私は嬉しさを隠せないままたこ焼きにぷすりと楊枝を挿した。
湯気の上がるたこ焼きは凄く美味しそうで、大きく口を開けて一口齧ると、かりっとした食感の後にとろとろの中身が口の中に広がった。
はふ、と口の中の空気を逃がす。
けれどとろとろの部分が熱すぎて、私は涙目になりながらたこ焼きを飲み込んだ。

「あつっ、……」
「ゆき?舌を火傷したんですね。見せてください」
「大丈夫、ちょっと熱かっただけで…」
「いいから、舌を出して。……赤くなっていますね」

瞬兄の顔が近くて、ひりつく痛みよりも心臓の鼓動の方が痛いぐらいにどきどきと早鐘を打ち始める。
キスは、何度も経験した。
挨拶のような軽いものから、恋人同士がする深いものまで。
なのに何度こうして近くで見ても綺麗な顔には見蕩れてしまうし、緊張もする。
思わずぎゅっと目を瞑ると、瞬兄の唇が私の唇に重なって、それで。

「んっ…」

火傷した舌先を、丁寧に丁寧に舐められる。
くすぐったくて舌を引っ込めると追いかけるようにして瞬兄の舌が私の中に入ってきた。
舌だけじゃなくて、色んなところを瞬兄の舌が触れていく。
それが私を気持ちよくしてくれることを教えてくれたのは瞬兄だ。
だからキスされるとくにゃりと力が抜けてしまって、どうしていいか分からなくなってしまう。

観念して瞬兄に舌を差し出せば、あっという間に瞬兄の舌に絡め取られてくちゅくちゅと音を立てて吸われ、頭の芯がぼうっと霞んだ。
ぶるっと身を震わせた私に、瞬兄はキスをしたまま器用にたこ焼きを床板の上へ避難させて、更に深く深く口付けてくる。

「ん、んっ…」

抱き寄せられて瞬兄の背に縋りつくと、ようやく瞬兄の唇が少しだけ離れた。
吐息が掛かる距離で、瞬兄の吐息交じりの声が響く。

「…ゆき……。あまり、煽らないでください」
「そんなこと、してな、ん、ぅ……」

そう言いながらもキスは止まない。
ひりひりとした痛みがなくなってからも、瞬兄は何度も何度も私の唇を塞ぎ、舌先を甘く噛んだ。
頭だけじゃなくて、視界も霞む。
涙が浮かんで頬を伝いそうになるのを、瞬兄の頬に擦りつけるようにして誤魔化した。

「人前であんな風に俺を好きだと言って、あんな顔をして……ただでさえ浴衣のあなたはこんなにも可愛く、愛らしいというのに……」
「しゅん、にい…?」
「どれだけ俺が我慢していても、あなたはいつだって俺の努力を無駄にする」
「…ご、めんなさい……」
「謝ることではありませんが、覚えておいてください。前にも言いましたが、俺をもっと男だと意識して―――あなたとキスするだけではもう満足出来ないのだと、知ってください」

低く、掠れた声が。
耳のすぐ横で囁かれる。
瞬兄の声はいつだって私を落ち着かせてくれるものだったのに、今はやけに鼓動が騒いだ。
指の先までどきどきして、瞬兄の浴衣をきゅっと掴めばまた瞬兄の溜息が零れる。

「ゆき、煽らないでと言ったばかりなのですが」
「だって、瞬兄……」
「俺が、何ですか?」
「あのね、瞬兄…瞬兄も、覚えておいて?私は瞬兄の妹じゃなくて、瞬兄の恋人なんだって。初めて人を好きになったから、瞬兄に教えてもらわないと何も分からないけど、瞬兄が大好きなの。それを…覚えていて欲しいの」

やっとのことで口に出来たけれど、終わったと同時に恥ずかしさで顔が真っ赤になったのが分かる。
慌てて瞬兄の胸板を押して身体を離せば、瞬兄の唖然とした顔に何とも言えない気恥ずかしさがぶり返してきた。
何か言って欲しいのに、何も言ってくれない。
真っ赤な顔のまま口許に手を当てて黙り込んでしまった瞬兄は、ただじっと私の顔を見詰めている。

「瞬兄…あの、……」

その視線に居た堪れなくなって瞬兄の浴衣の袖を引くと、瞬兄がはっとして幾度か目を瞬かせた。

「ゆき」

瞬兄の手が私の頬を撫でる。

「…止まらなく、なりそうです」

意味を問い返す前に瞬兄の唇がまた私の唇に重なり―――先程よりも深く、激しく舌を絡め取られる。
今までのキスの中で一番激しくて、私の知っている瞬兄じゃないみたいな、余裕の欠片もないキスだった。
ぞくぞくと背筋を何かが駆け上っていく。
嫌な感覚じゃなくて、寧ろ指の先から溶けてしまいそうな、知らない感覚。
唾液が口の端から顎へと伝い落ちていくのを舌で辿った瞬兄の仕草にどくりと胸が鳴る。
ちゅ、と下唇を吸ってから離れた瞬兄の顔は苦しげで、はあ、と零す吐息は酷く熱かった。

「……帰りましょう。これ以上は俺の理性がもちません」
「うん……」

林檎飴も、クレープも、食べ残したたこ焼きのことも、頭から綺麗さっぱりと消え失せていて。
ふわふわとした足取りで瞬兄と賑やかな祭りを後にした。
繋いだ手はどちらともなく少し汗で湿っていたけれど、そんなことを気にする余裕もなくて、ただ、触れ合った唇の感触ばかりが思い出されて頬が熱くなる。
でも、もっとしていたかったとふと思って、私は慌てて首を振った。

(……瞬兄に、言ってみようかな)

言えば、瞬兄はどうするだろう。
くん、と手を引けば瞬兄がすぐに振り返ってくれる。
私は先程抱いた疑問を解消すべく、ゆっくりと口を開いた。


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答:部屋に連れ込まれてキス以上のことを教えてもらいました。

ご家老×ゆきor瞬×ゆきで、神社などに連れ込みギリギリのエロっちい感じ


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答:部屋に連れ込まれてキス以上のことを教えてもらいました。

ご家老×ゆきor瞬×ゆきで、神社などに連れ込みギリギリのエロっちい感じ

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