遙かの夏、リクエストの夏 | ナノ


▽ 真夏の果実(桜智×帯刀)


吹き抜ける風にチリリと鳴る風鈴の音に耳を傾けながら、帯刀は目を伏せたまま顎を上げた。
縁側の床板にぺたりとついた両手も、投げ出された裸足の足も、まるで童のように行儀が悪い。
しかしそうしたくなるほど暑い夏で、誰も見ていないのだから構うことはないだろう。
反った喉を汗が伝うほどの気温は身の置き場もないほどだ。
こうして風にでも当たらなければとてもではないが夏を越せない―――帯刀は片手で胸元を大きく開くと、暑い、と何度目か分からない言葉を呟いた。

下野が叶い薩摩の片田舎に居を構えたはいいが、家老の頃とは違い、やることもそう多くはない。
忙殺されていた当時ならば暑さに参っている暇もなかったけれど、今は好きなだけぐったりとすることも出来るし、だからこそ余計に暑さを痛感してしまうのだ。
水桶を用意させて足を入れて涼もうか、それとも誰かに氷でも買い付けに行かせようか、色々と考えるもどれも何となく却下して、帯刀は細く目を開いた。
頂点にある太陽は憎いほど燦々と輝いており、広い庭を照らしている。

夏は、こうでなくてはいけない。

今まで感じることのなかった夏らしさに、ふっと唇に笑みが零れる。
自分が望んでいたのは確かにこういう時間だったのだ、と。

そこへ、キシ、と床板が鳴り、帯刀は頭をだらりと後ろに傾けたまま顔を横に向けた。
視界に斜めに移るのは普段通りに着物を着崩した、美丈夫の姿。
下野した帯刀についてきた、物好きな鬼の頭領である。

「おかえり」
「ただいま、小松さん」

帯刀の言葉に桜智は幸せそうな笑みを浮かべた。
町の娘が見れば卒倒するほどの蕩けるような笑顔を惜しげもな帯刀に向けてくる桜智は、帯刀のことを好きだと公言して憚らない。
ゆきのことを思い、塞ぎ込んでいた桜智を思い出し、帯刀はふんわりと桜智に笑いかけた。
どうなることかと思っていたが、桜智は思っていたよりもずっと帯刀を好いていて、帯刀もそれに絆されてすっかり桜智を受け入れてしまっている。
更にはこうして二人で暮らすようになって、桜智の存在が不可欠になってしまった気さえするのだ。
何にせよ、慣れというものは怖い。
身を屈めて口付けてくる桜智の髪に指を差し入れ、帯刀はすっかり定番となってしまった「おかえりとただいまの口付け」をした。
桜智曰く、大陸ではこういう挨拶が当たり前らしいのだ。

「外は暑かったでしょ」
「少し……でも今日は風が強いから、思ったほどではなかったよ」
「ふふ、でも日に焼けているね。首、赤くなってる」
「ああ……言われてみれば、そうかもしれないね…」

髪を結っているがゆえに日にも当たる。
下ろせば下ろしたで暑いのだが、強い日差しで焼かれた桜智の肌はほんのりと火照り赤くなっていた。

「冷やした方がいい。火照って夜がつらいかもしれないからね」
「これくらいなら大丈夫だよ……。気にかけてくれてありがとう…小松さん」

にこりと笑い、桜智はもう一度帯刀の唇を塞いだ。
軽く幾度も口付けてくる桜智の好きにさせてやっていると、ふと鼻腔を澄んだ甘い香りが擽った。
それが気になり桜智の手にしていたものに目線を落とした帯刀は、その匂いの元にああなるほどと納得する。
桜智の右手には小さな小皿が乗っていたのだ。

「どうしたの、それ」
「ああ…これかい?村の人にもらったんだよ……」
「もう生ってるんだね、桃。暑いはずだ」
「今年初めての桃だそうだよ。小松さんにぜひ、と」
「ふふ、有り難いね」

田舎とはいえ、帯刀の功績は村中の誰もが知っていた。
ただの隠居生活を送っているのだと説明しても村の誰もが帯刀を「小松様」と呼び、慕ってくる。
仕方なくそれに応えているうちに、いつの間にか帯刀は村の相談役に認定され、気づけば村中の作物や果物を献上されて食に困ることだけはないようになっていた。
財は充分にあるから不要だと断れども、気持ちだからと言って押し付けられる。
帯刀に渡す分を金に替えれば少しは美味いものでも食べられるだろうと思うのだが、気のいい村の人間はそんなことを考えたことはないらしい。
結果、帯刀はこうして季節のものを誰よりも早く口に出来るのだ。

「暑くて参っていたところだから、早速頂こうか。桜智も食べるでしょ?」
「…あなたが、食べていいと言うのなら」
「食べてはいけないなんて意地悪は言わないよ」

帯刀の横に腰を下ろした桜智は、既に切り分けられた桃が乗った皿を帯刀に差し出した。
瑞々しく甘い香りを放つ果肉は夏の暑さを和らげてくれるようだ。
早速食べようと手を伸ばしたそのとき、帯刀はあることに気がついてその指をぴたりと止めた。

「……桜智、これ、指で摘めと言うの?」
「あ……ごめん、…用意を忘れて……」

手を汚すのは好きではない。
行儀の悪いことをするのも―――現状の格好はさておいて―――好ましいことではなかった。

「すぐに取ってくるから……待っていて…」

申し訳なさそうに腰を浮かせた桜智に、帯刀はついとその着物の端を掴んで引き止めた。
手が汚れなければ問題はない。
誰が咎めるわけでもないのだから、行儀の悪さも目を瞑ることにした。

「桜智、」

ふ、と笑う、唇。
桜智がきょとんと蒼い瞳を瞬かせた。

「君が手ずから食べさせてくれる?」

これなら私の指も汚れないでしょ、と続けて、薄く唇を開く。

「あ、あの、でも……」
「早くして」
「っ……あ、ああ」

長い指が柔らかな果肉を摘み、甘い果汁で手を汚しながら帯刀の口許へ運んでくる。
短く整えられた爪の先を見ながら帯刀はもう少し口を開いて果肉を食んだ。
広がる甘さは乾いた喉を潤し、すうっと胃に落ちていく。

「ん、美味しい」
「それは…よかった……。まだ食べるかい…?」

尋ねながらも桜智は既に桃を手にしている。
何も言わずに口を開けば、今度は果肉とともに桜智の指が帯刀の唇を割った。
存外悪趣味だと思いながらも桃を飲み込み桜智の指を舐る。
長く節くれたその指が己の身の内を探っているときを思い出し、帯刀は僅かに腰を捩った。

「……小松、さん」

それに気づいたのか、桜智が指を引き抜いて顔を寄せてくる。
帯刀の唾液で艶やかに濡れた指は肌蹴た着流しの内側へ差し入れられ、火照った肌の上を滑り始めた。
汗ばんだ肌を撫でられるのには抵抗があったが、桜智はそれにも興奮しているらしく、早くも息を荒げている。
唇を重ねるだけの口付けはすぐさま舌の絡み合いへと変わり、ぴちゃぴちゃと音を立てて互いの口腔を貪った後に帯刀の身体は床の上へと押し倒されていた。

「桃、……甘い味がするね」

帯刀の舌に残っていた桃の残滓を味わったのだろう、桜智は艶然と微笑み帯刀の首筋に顔を埋めた。

「それとも、あなたが甘いのかな……」
「…君は馬鹿なの?そんなわけないでしょ」

ちゅ、ちゅ、と口付けながら、桜智の唇と舌が首筋から鎖骨へと移動していく。
日差しは相変わらず燦々と二人を照らしていたが、その暑さよりもなお桜智の手や舌の方が熱かった。
目を閉じ、広い背中に緩くしがみつく。
再び重なった唇から、甘い味がじわじわと沁みこんでいくような気がした。

ちりん、と風鈴が涼しげな音を立てる。
小皿の上では夏の果実が甘い芳香を風に乗せて漂わせていた。


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鬼×ふんどしで桃ネタ。

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