君は馬鹿なの?(桜智×帯刀)
八葉としての役目も大事だが、薩摩藩家老としての勤めも大事である。どちらも疎かに出来るものではなく、また比べる対象でもない。
然しながら八葉はどうしても八人揃わねばならないという場面を除き、他にも七人の男が神子であるゆきの傍に控えている。
となれば小松しかいない薩摩藩家老の方に重きを置いてしまうのは仕方のないことだった。
ただでさえ多忙な家老の身で神子に付き従い政務を溜め込んでいるのだ、部下に政務を片付けてくれと泣きつかれ、小松は渋々と数日間の暇をゆきに申し出ることとなった。
ゆきは快諾してくれたが、隣に立つ兄代わりの目は冷たい。
八葉の任を疎かにするなと無言で責められ、小松はやれやれと肩を竦めた。



朝から晩まであれもこれもと運び込まれる政務の数々は片付けても片付けても終わりが来ない。
数日で終わるだろうかと溜め息をついては休むまもなく手を動かした。
それだけ溜め込んでいたということだ。自業自得というのも否めない。
小松に出来るのは嘆いている暇があればさっさと政務を終わらせて、一日でも早く八葉の任に戻ることだけだ。

(ゆきくんは放っておくと無茶をするし、龍馬は何をしでかすか分からないし……)

年長者である小松がまとめている部分が多いからか、不在のときに厄介事が起こることが多々あった。
異なる勢力に属する者が揃っているのだから仕方がないこととはいえ、事あるごとに気を揉んでしまう。
個性の強すぎる面子だ、誰かが間に入らなければくだらない諍いでも落としどころが見つからない。

(あれのこともあるしね…)

かた、と筆を置いて眼鏡を外す。眉間を挟むように指圧すると、僅かに目の疲れが和らいだ。

(今頃何をしているのやら)

政務をしていても気に掛かるなど、あの小松帯刀も甘くなったものだと苦笑する。
ゆきの人柄に触れてすっかりと自分は変わってしまったらしい。
その変化が恐ろしくもあり、心地よくもある。
不思議な感覚だった。

「さてと、もう一仕事片付けてしまおうかな」

自分を奮い立たせるためにそう口にし、小松は再び筆に手を伸ばす。
しかし、その手は筆に届かないまま、きゅっと大きなものに包まれることとなった。

「……あの、……」

突然空間を渡ってきたそれは、小松の手を取ったままおろおろとしている。
言の葉を綴ることが仕事の一つであるはずなのに薄く形のいい唇からは待てども暮らせども「あの」以外の言葉は出てこない。
じっと見詰め合うのにも飽きてきた頃、それはおずおずと握ったままだった小松の手を離した。

「君、何なの……一体」

はあ、と小松が溜息をつくと、大きな図体を縮めてしゅんと項垂れる。
さながら犬のような様子に小松は筆を取ろうとしていた手を膝の上に戻した。
約束も取り付けずに藩邸に現れることにはもう慣れていたが、だからといって全てを許しているわけではない。
今は本当に忙しい時期だ。それは相手も分かっているはず。
それでもこうしてやってきたのはやんごとなき用事があったか、我慢が出来なかったかのどちらかだ。
恐らくは後者だろうと半ば確信を抱きつつ、小松は肩を滑る髪を背中へはらりと払い除けた。

(まあ、これでも桜智にしては我慢した方かな)

小松の何を気に入ったのか、それともたった二人きりの対だからか、鬼―――桜智はなぜか小松に執着を見せるようになっていた。
ゆきに対する執着とはまた違い、もっと泥臭い感情を伴っている。
ただ見ているだけでいい、幸せを願うだけでいい、そんな清らかなものではなく、傍にいたい、自分だけを見て欲しい、自分のものにしたい、そんな我儘な思いが小松に対して向けられていた。
言い方を悪くするならば、桜智は小松に劣情を抱いている。
神子には決して向けないであろう、男としての欲望だ。

そんな自身の感情に戸惑ったのは小松よりも寧ろ桜智の方で、胸の内を打ち明けてきたときの桜智は見るに耐えないほど狼狽し、小松に嫌われたりしないかと怯えすら見せていた。
震える腕で恐る恐る小松を抱き締めた桜智のことは、きっと生涯忘れられないだろう。
その感情を否定せず好きにさせているうちに、いつからか小松の姿が長く見えないときはこうしてやってくるようになり、それだけに留まらず手や髪に触れ、口を吸い、肌を撫で、終いには小松を抱くに至っていた。
その思いに絆されたのは小松にとって想定外のことだったが、今はそれも悪くないと思っている。
あの桜智が神子以外に目を向け、そしてその対象が自分である、というのは。

「あなたに、……会いたくて」

ようやく「あの」以外の言葉が出たと思えば、まるで子供のような望みに小松は唇を吊り上げた。
予想通りだ。
その意地の悪い笑みにすら、ほわ、と目尻を赤く染めた桜智は、もう一度小松の手に触れてくる。

「ここのところ政務が忙しいと聞いていたから……心配で……」
「あのね、桜智。私はちゃんと仕事の配分は弁えているし、多忙だからといって倒れることもないよ」
「それでも……あなたは何も言わずに無理をする人だ」
「……」

読まれている、と小松は唇を閉じた。
ゆきほどの無茶はしないが、ここのところ睡眠に充てる時間は常の半分以下―――ほんの一刻程度の時もある。

「疲れた顔をしているね……」

小松の手から離れた桜智の手のひらが小松の頬を撫でた。
ひんやりとしたその手の温度が寝不足の肌に心地がいい。
目の縁を絶妙な力加減でなぞった桜智の指は、最後に小松の頤をくっと持ち上げた。
美しい蒼目を縁取る濃い睫毛がふさりと揺れる。
薄い目蓋の下に硝子のようなそれを隠して、桜智は小松の唇を柔らかく吸った。

「ん、……」

久しぶりの温もりに思わず吐息が零れる。
それすらも軽く吸って、桜智はぎゅっと小松の身体を抱き込んだ。
男にしては細身である小松の身体は易々と桜智の腕の中に収まってしまう。
すっぽりとはいかないが、しっくりと馴染む形だ。
決して柔らかくはない硬い胸に手を置いてしばらくそれを堪能していると、桜智がそわりと小松の項に触れた。
つう、と指先が首の筋をなぞり、耳朶に触れ、鎖骨へと落ちる。
白い袷を割る悪戯な指は、既に小松の肌の温度に馴染んでいた。

「…だめ、だよ。まだ仕事が残っているのだから」
「………小松さん」
「人払いもしていないし、君だって誰かに見られては困るでしょ」

子供を叱る口調でそう言えば、桜智は憂いを帯びた目を伏せてしばし考え込んだ。
だが、指は依然小松の胸元に置かれたままで、少しずつ肌を露にしようと動いている。

「桜智」
「…もう、十日も、触れていなかった」

唇が鎖骨のやや下辺りに触れ、次いでちくりとささやかな痛みが走った。

「私が残した痕も……消えてしまっている…」

確かに鬱血の痕は消えてしまっていたが、きつく噛み付かれた肩口の歯型は残ったままだ。
神子には全く向けられない独占欲に小松は眉根を寄せる。
どうしようもない。きっと、これも桜智の素の一部だ。
我欲など皆無であるようにしか見えないのに、その実小松とゆきには酷く執着してみせる。
そして誰よりも深く、強く、人を求め、意志を貫き通す。

誰もが気付いていないだけで、本当は桜智は誰よりも我儘な男だ。

れろ、と熱い舌が首を這った。
こうなっては制止しようと何をしようと、桜智は絶対に小松を抱くまでこちらの言葉など聞き入れようとしない。
耳殻を噛まれ、尖らせた舌で耳の中を舐められる。
既に桜智の手は袴の中へと差し入れられていた。
こんなときばかりは手際がいい男だと内心呆れ返るも、下穿きの上からやんわりと握り込まれてしまえば小松とて男だ、止まるものも止まらなくなってしまう。

「っん……私の話を、……聞いて、いた?それとも、君は、馬鹿なの…っ?」

せめてもの抵抗にとそう問えば、桜智はけぶるようにゆっくりと瞬きをして、口許を綻ばせた。

「そうかも…しれないね……それでもいいから、あなたが欲しいよ、小松さん……」


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「君は馬鹿なの?」
ちょいえろ、を目指して玉砕しました…すみません!


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