ゴミ箱 | ナノ


▽ りょましゅん(BL)


神子のために生き、神子のために死ぬ。
それが自分に定められた星宿だと知ったとき、絶望よりも先に幸福を感じた。
物心ついたときには既に見えていた夢という名の未来も、遺して逝く心苦しさはあれど守り抜いたという達成感を凌駕するものではない。
出来ることなら泣かないで欲しい。どうか、俺のことは忘れて幸せに。
そう伝えることすら出来ぬ我が身を、嘆くことなどあるはずもなかった。
ただただ、使命を全うすることが幸福なのだと、信じていた。

今も―――信じている。



「おーい、瞬!」

ゆきのために薬を買いに出ていた俺の背中から、聞き慣れた声が聞こえた。
馴れ馴れしく話しかけてくる男―――龍馬。
俺が知る時代の中では実に有名な英傑ではあるものの、この世界の龍馬はそんな大それた人物には到底見えない。
尤も、行動力やカリスマ性、そういった面では歴史上人物である坂本龍馬と変わらないのだろうが。

「瞬、無視すんなって」
「何の用だ?」
「ん?ああ、瞬の姿が見えたから、声掛けただけっちゅうか」
「……」

がり、と頭を掻いて、龍馬は笑う。
屈託のない、人好きのする笑顔だ。
笑うことも、感情すら心の底に沈めてしまった俺とは対極の。

「そんなに難しい顔しなさんなって。後は辰巳屋に戻るだけなんだろ?だったら一緒に行こうぜ」
「……どうして俺が」
「並んで歩くのに理由が必要か?瞬は小難しいことばっか考えるよな」

ぐっと俺の肩を掴む手は、銃を扱うせいかやけに硬い。
フェンシングで鍛えていた俺よりももっと、生死をかけて戦い続けてきた男の身体をしている。
自身の未熟さを突きつけられたかのようで居心地が悪く、押し殺しているはずの感情が腹の中で鎌首を擡げてしまいそうだ。
足を止め、手を振り払って睨みつけても龍馬はただ笑って俺を見るだけで、するりするりとかわされてしまう。
時代の奔流を駆け抜けている龍馬と俺とでは何もかもが違いすぎて、苦しい―――。

「怒るなって。そうやって眉間に皺ばかり寄せてると、痕がついちまうぜ」

睨む俺の眉間にとすんと人差し指が当てられた。

「つらくても苦しくても腹が立っても笑った方がいい。笑う門には福来るって言うだろ」
「……生憎俺はそんなに能天気に出来てはいない。お前と一緒にするな」
「お嬢に愛想尽かされちまっても知らねぇぞ?」

ゆきに、愛想を尽かされるなど。
それこそ願ったり叶ったりじゃないか。
唇を上げた俺に、龍馬が怪訝そうな目を向ける。

「ゆきの感情など俺には関係ない。俺は…それで構わない」

俺の為すべきことをする。命と引き換えに、ゆきを守る。
そうして俺のいない世界で彼女さえ幸せになってくれればそれで―――俺は。

「瞬。自分を粗末にしちゃいかん。気持ちも、身体も、お前さんの大事にせにゃならんもんだ」

なのに、ひたりと見据えてくる龍馬の視線が酷く痛い。
言葉が耳に突き刺さるようで、苦しい。
お前こそと言いたいのに焼け付いたかのように言葉は喉で止まり、睨みつける視線の先で龍馬はやはり、笑顔を見せた。
俺には出来ない、眩しいほどの笑顔。
対であることがゆえにこんなにも歴然とした対比を見せることを思い知らされる。

「…余計な世話だ」
「その余計な世話っちゅうのが好きなんだよな。諦めてくれんか」

諦めほど俺の身近にあるものはない。
命を、生きることを、ゆきを守ると誓った時点で諦めた俺に、どうしてまだ諦めろと言うのだろう。
こんな前向きな諦めを認められるはずもない。

「断る」

吐き捨てた俺に、龍馬は困った顔をして―――笑った。

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