ゴミ箱 | ナノ


▽ おぐりん5(捏造)


術で庭を暖かく保つことが出来るのだから、涼しくするのも可能だろう。
そんな身勝手な言い分を引っ提げて僕の邸へ避暑にやってきた慶くんは、避暑とは全く無縁そうな暑苦しい格好で僕の部屋に居座っていた。
確かに陰陽術で多少の温度の調節は可能だし、実際神子殿がいる間は庭の池の周りだけ暖かくしていたのだから、涼しくすることだって原理は同じだ。
とはいえ、僕がかの安倍清明のような陰陽術の使い手であるならば邸全体をそうすることは容易いことだろうけれど、僕は凡人で、陰陽師としては中の中、ありふれた能力しか持っていない。
精々部屋を涼しく感じるようにするくらいだと訴えたところ、こうして慶くんは僕の部屋で涼しさを満喫しているのだった。

(この、我儘髭オヤジめ)

優雅にお茶を啜る慶くんに心の中で悪態をつき、僕は部屋の四方に張った札を見上げる。
あの札がある限り、この部屋は快適な温度を保っていられるようにしておいた。
術師である僕の身に何かがあればあの札は剥がれ落ちてただの紙切れになってしまうけれど、そんなことは滅多にないわけで、この部屋は慶くんがいつやってきたとしても涼しいままになっていることだろう。
夏が終わり、秋が来るまで。
そして秋が終わり、冬が来た頃は、きっと暖かく保つ術をかけるに違いない。

(ああ……やだな)

前髪を手慰みに引きながら、溜息をつく。
星の一族として育てられたからには誰かにこうして尽くし傅き生きていくことはわりと普通に受け入れられるのだが、それが神子ではなく慕う相手ともなれば話は別だ。
束縛したい、壊してしまうまで―――そんな思いと相反して、どうしていいか分からなくなるから。

「何を一人で百面相をしているのだ、リンドウ」

畳の上に湯飲みを置いて、慶くんが唇の端を上げる。

「別に、何も」
「久しぶりの逢瀬が気に入らんか?」
「二日前にご尊顔を拝見したばかりですよ、上様」
「こうしてゆっくりとともに過ごせるのは久しぶりだろう」
「あのね、僕は別に慶くんとゆっくり過ごしたいなんて思ってないんだけど」
「では、夜の一時に睦み合う方がお前の好み、というわけか」
「……勘違いしないでくれないかな」

何を言ったところで糠に釘状態で、慶くんには全く効果がない。
慶くんの中ではきっと僕は慶くんのもので、僕が拒むとか本気で嫌がるとかいう考えはきっとないのだろう。
僕は、慶くんのもの、で。
そう認識してしまっている僕がいるのも、間違いではない。
だからといってそれを本人に告げるかどうかとなれば別問題で、生涯僕はこれを口にしないし、慶くんが望めば二度と会わずに済むところへ行くつもりもしている。
慶くんが僕を好きだと、傍に置いておきたいのだと思う間だけの、短い関係。
つかず離れずの距離を保つことがこんなにも難しいだなんて、思ったこともなかった。

「私に抱かれるのは嫌いか、リンドウ」

ふと、慶くんの声音が変わったから、僕は髪を弄っていた手を下ろして慶くんを見た。
男らしい面差しが何やら痛ましく見えるのは、僕の言葉に何かを感じたからだろう。

「気持ちのいいことは嫌いじゃないよ。けど、それだけ。相手が慶くんだからとか、そういうのじゃない」

慶くん以外に抱かれるなんて、反吐が出る。
男が男に身体を開くっていうのはそういう趣味がない限り想像すら吐き気がするような事柄だ。

「では、誰かに乞われれば抱かれることもあると?」
「……あるのかも、しれませんね」

絶対にないと言い切れる言葉を、曖昧に誤魔化す言葉に摩り替える。
我ながら自嘲気味に浮かんでしまった笑みに慶くんは気づかなかったようだ。
あっという間に襲い掛かられて畳に背中が強かに打ちつけられる。
獰猛な肉食獣のような動きになす術もなく腕を封じられ、間近に迫った慶くんの瞳に釘付けになってしまった。

怒りと、嫉妬と、焦燥と。
僕を求める炎のような、激しい感情。
ない交ぜになった目はとても綺麗で、僕は息をすることも忘れて慶くんの目に魅入られていた。

「私以外にこの身を許してはならぬ」

首筋に齧りつかれ、痛みを伴うほど強く吸い上げられる。
穴も開いていないのに血を吸われているかのような、強い痛み。
きっとそこは何日も消えないほどの鬱血の痕がついていることだろう。

「お前は、私のものだ」

毒のように低く囁かれる言葉は、僕を心地よく縛っていく。

「慶くん、傲慢すぎ。僕は僕のものだよ」
「その名も、心も、身体も、全て私のものだと言っただろう」
「それを了承したつもりはないんですけど」
「ならば今了承してもらう。リンドウ、私だけを見ていろ。私のものになれ。お前が生涯仕え、その全てを捧げるのはこの私だけだと誓うのだ」

鼓動が激しくて胸が苦しい。
これ以上はない強さで僕を縛り付けるこの男は、自分からは何一つ僕に寄越さないくせに僕から全てを奪おうとするのだ。
ギリ、と奥歯を噛み締める。
それが嫌だと思えない自分の馬鹿さ加減にも、絶望してしまいそうだった。

せめて慶くんが上様になるような人ではなくて、僕の知るあの幼い頃の慶くんのままだったのなら。
僕は小さい子に言い聞かすようにいつかねとくだらない約束だって交わしてあげることが出来ただろう。
僕も慶くんも本気だから、お互いに一歩も譲れない。
だって分かっているんだ、こんな不毛で馬鹿げたどうしようもないことを、慶くんなら叶えてしまうことが出来る地位の人なんだって。

正室を迎えた上で僕を情人として生涯囲うことくらい、簡単なことだ。
誰にも気づかれないように牢座敷にでも閉じ込めて、そうして僕を飼えばいい。
気づかれたとしても後腐れない遊びなのだと言えばそれまでだ。
あちこちで女遊びをして子種を撒かれるよりはずっといいはず。
ただ、それだけのこと。

「絶対に、誓わない」

だけど僕はそれでは満足が出来ない、我儘な男だから。
慶くんの一番になりたくて、慶くんが欲しくて、僕だけを見て欲しくて、慶くんを困らせる。
足枷になり、手枷になり、慶くんの全てをだめにしてしまうだろう。
壊してしまう前に、手を離してしまうのが、後々僕と慶くんのためになる。

「僕は僕のものだ。慶くんがどれだけ僕を抱いても、僕を屈服させても、心だけはあなたに明け渡したりするものか。……全て思い通りになると思わないでくださいよ、上様」

僕の言葉に、慶くんが顔を歪め―――苦々しい表情のまま、僕の唇を塞いできた。
すぐに深くなった口付けは僕を押し流していくものではあったけれど、身体を繋ぐ過程やその先はいつもより加減が出来ていなくて、僕は初めて行為の途中で気を失うという経験をした。

目覚めれば夜、畳に散る四枚の札に己の失態を知る。
部屋には既に慶くんの姿はなく、これで諦めてくれたらと散らかったままの衣に手を伸ばして引き寄せた。
明かりすらついていない暗い部屋の中で袖を通そうとするも、違和感に気づいて襖を開け放つ。
月明かりに照らされた部屋と僕と、―――慶くんの着物。

「……やだなあ、何これ」

後朝でもあるまいし、と思ったものの、他に着るものもなく仕方なくそれを羽織る。
途端慶くんの匂いがして、たまらなくて、唇を噛んだ。

「慶くん、」

手を離す方が、離されるよりずっと痛い。
生まれて初めてそんなことを知った、月の明るい夜だった。

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