09 特権|鍵
自室で黙々と調合している最中、豆腐と油で油揚げが完成した。
部屋中に転がる数珠やら石仏やら奇妙な食べ物に比べれば随分といいものが出来上がったように思う。
千馗は綺麗な狐色に揚がった油揚げを皿に載せ、満足そうに大きく頷く。
今日の夕飯の味噌汁にでも使ってもらおう、そう思って立ち上がった矢先にぬっと見慣れた顔が飛び込んできた。

「っわ!」

現れたのはこの鴉羽神社の神使、鍵だ。
滅多に部屋に入ってくることはないが、暇を持て余しているときはふらりとやってくる。

「鍵さん?」
「突然すいませんね、坊。いい匂いがしたんでちょいと上がらせていただきやした」
「…いい匂い?」

調合中の匂い、というよりは部屋に充満する様々な匂いはとてもいい匂いとは言えない。
不思議に思い首を傾げると、鍵はキセルでちょいちょいと皿の上を指した。
つやつやと黄金に照り輝く油揚げ。
目の前には狐の神使。
なるほどと納得したところで、鍵がニヤリと笑った。

「坊、そいつァ私の好物でね。いただけると有り難いんですが」

そう言いながらも既に手は油揚げに伸びている。
油断も隙もない神使に千馗は苦笑した。
普段は何でも知っている余裕たっぷりの態度だというのに、好物を目の前にするとどうにも落ち着かないのか耳がぴくぴくと動いていて実に面白い。

「これは清さんに使ってもらおうと思ってるやつだから、だめだよ鍵さん」

思わずもったいぶってしまいたくなるのも仕方ないことだろう、と千馗は心の中で舌を出した。
鍵は清司郎と朝子にとりわけ弱い。
この神社の神主である清司郎の存在をちらつかせれば鍵も手を引っ込めざるを得なくなってしまう。
案の定指先を油揚げに触れる寸前で止めた鍵は、左手に持ったキセルでコンコンと自分の頭を叩いた。

「これはこれは…坊も意地の悪いお人だ。そう言われちゃあ手が出ませんよ」
「いつもからかわれてるから、仕返し。その代わりこれを渡したらもう一個調合するよ。豆腐と油はまだあるから」
「台所でもないのにどうしてそれが出来上がるのかが私ァ不思議ですがねぇ…」
「それは封札師の企業秘密ってやつ。じゃ、そこで待ってて鍵さん。すぐ戻るよ!」
「はいはい、慌てずに行ってらっしゃい、坊」

部屋の座布団の上にちょんと座る鍵を見届けて、千馗は部屋を飛び出した。
夕食には油揚げの入った味噌汁が出るだろう。
羨ましそうに食卓を覗くであろう鍵を想像し、口許が自然と緩む。
これも秘法眼持ちの特権だと千馗はへらりと笑みを浮かべた。


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bkm
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