03
初めて見た顔なのに識っていると―――どうして、思うのだろうか。

鴉乃杜に調査に来て、初めてその姿を目にした。
遠くから目にしただけなのに、なぜか泣きたいほどの切なさが込み上げる。
胸が痛い。
呼吸が不規則に乱れた。
ぐ、と制服の布地を掴む。
身を潜めていて良かった、もしかすると実際泣いていたかもしれない。
それほど込み上げてくる情動……衝撃は、強かった。

夜の闇に溶けるような黒い髪と、同じ色をした瞳。
成長途中ということが分かるまだほっそりとした身体に、小さく聞こえてくる明るい声。

あれが、七代千馗。
どこにでもいるありふれた高校生だ。
事前に調べた情報通り、特に変わった点は見当たらない。
素行にも問題はなく、編入時の成績も下の中といったところか。
頭はよくないようだが、遊び歩いているわけでもなく至って真面目な生徒の一人だ。
唯一の問題点は問題児である壇燈治と肩を並べて歩いていることだが、それ以外は不思議なことは何もなかった。
なのに、

「……見つけた、」

唇が勝手に言葉を紡ぐ。
何を、誰を、そんな些細な事柄全てを無視して。
感情が喉を震わせて、声が漏れた。

「―――……」

溢れて零れるのは歓喜。
幼い頃から、生まれたときから抱いていた喪失感が、嘘のように霧散していく。
俺が失くしたものはこれだったのだと、身体の細胞一つ一つがさざめいているようだった。
説明のつかない感情が指の先までに行き渡り、戦慄く。
掌を顔の前に翳せば、両手はがたがたと細かく震えていた。
喜びとは裏腹の、泥の沼の底を掬い上げたような暗澹とした気持ちが膝をも揺らす。
怯え―――恐怖、悲しみ、マイナスの感情。
恐れることなど何もないというのに、ようやく取り返したものを二度と失くしたくないという恐怖が俺の心の中に芽生えていた。

(誰を?何を―――?)

分からない。
混乱する頭で必死に考える。
七代千馗。
俺が失くしたものは、喪っていたものは、それだというのか。
今日初めて見た相手を生まれる前から喪うなど、そんなことが有り得るはずもない。

(なのに、どうして…ッ!)

どれだけ考えても思考が行き着く先は同じだった。
俺は、俺が「奪われ」て「喪った」ものが「七代千馗」であると識っている。
否定すればするほどそれを嘲笑う自分がいて、真実なのだと強く訴えかけてくる。

―――俺が盗賊団に身を寄せてまで掴み取ろうとした大事なもの、それが七代千馗だと。

そう考えるだけで、腑に落ちてしまう。
おかしいほど簡単に、俺自身の心がそれを受け入れていた。
何かに刷り込まれたかのように俺の心の真ん中に何かが居座っていて、そいつが俺に七代千馗を二度と喪うなと命令を下す。
それこそが俺の使命なのだとでも言うように、強く、強く。

「ッ―――……」

頭を振って思考を振り払い、内なる声とでも言うべきそれを押し込めた。
異常だ。どうにかしている。
だが、俺自身が正常なことは、俺が一番良く知っている。
考えるだけ堂々巡りだった。

七代千馗の姿はもう見えない。
聞こえてくるざわめきは他の生徒のものだ。
だが、その雑踏に混じって、はっきりと。

御霧、と呼ぶ声が聞こえた気がした。


prev next

bkm



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -