ストーカー調査
「私、ストーカーされてるみたいなんです」
というなまえさんの一言に、僕達は調査をする事になった。アザゼルくんは前にも着た犬スーツで僕は人間の姿。これならばストーカーに遭遇しても怪しまれる事はない(もし悪魔の姿が見られたら厄介だから)。
「いつから怪しいと思い始めたんですか?」
彼女の家に向かう途中、調査の為に必要な情報を聞く事にした。
「えっと、1ヵ月ぐらい前です。無言電話がかかってきたり後をつけられたり。初めは気のせいだと思ったんですけど毎日のようにあるのでおかしいと思いまして…」
「なまえちゃんをストーカーするなんて許せません!」
「ありがとう、さくちゃん」
僕のなまえさんにストーカーするなんて…そいつはよっぽど命がいらないらしい。
くっくっくっと笑っているとアザゼルくんが『べーやんがキレとる』とかなんとか言っていた。
「心当たりとかはないん?」
「全くないです…」
憔悴しきった彼女の頭に手を乗せて優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。僕がいますから」
「……はい」
少しだけ緩んだ表情に僕もつられる。
しばらくして、あの角を曲がったらなまえさんの家、という所で電信柱に潜む影に気付いた。彼にバレないように身を隠してその様子を伺う。
「……なにやら怪しいですね」
「なまえちゃんの部屋を覗いとるな」
「話を聞いてきましょう」
「お待ちなさい」
意気込むさくまさんを引き止め、落ち着くように説得する。
「相手はストーカーですよ?下手な真似して逆上されたら厄介です」
「ですがこのままじゃ…」
「僕が行きます」
人間の姿をしている僕だったら多少なりとも落ち着いて話す事が出来るはず。
「まぁ何かしてきたら返り討ちにすればいいだけの事」
(((悪い顔してる…)))
含み笑いを浮かべていると、なまえさんは『あっ』と小さく声をあげた。
「あの人…同じゼミの中原くんです」
「なるほど。ゼミ仲間ですか」
一瞬だけ見えた横顔から、真面目な青年だというのが窺える。ふぅ、と息を吐いて出ようとした僕より早くなまえさんは彼に近づいてしまった。
「中原くん、どうしたの?」
「あっ、なまえちゃん…」
彼はまさかなまえさんに話しかけられるとは思っていなかったのか、大袈裟なほど身体を震わせた。そしてその目は忙しなく動いている。
「あの、えっと、その…」
「なまえさん、ダメですよ勝手に出ていっては」
ゆっくりと近づいて彼女に並ぶ。中原くんと呼ばれた青年は僕を見て目を大きく見開いた。
「彼がストーカーの正体なんですから」
「…………っ!」
「いやいや、中原くんは友達ですよ」
……どうして彼女はこうも鈍いのか。今だってあからさまに動揺してるじゃないか。
痛む頭を押さえて、僕はなまえさんの腰に腕を回した。
「では、その友達の中原くんが“僕の”なまえさんに何の用ですか?」
「ぼ、僕の…?」
「えぇ。僕のですよ」
にっこりと、これでもかというぐらいの笑顔を浮かべてみせた。なまえさんは何か言いかけたが目で合図して黙らせる。
「……………すみません!悪気はなかったんです!!!」
彼はオデコを地面に擦り付けるように土下座をした。
「なまえちゃんに告白しようとして電話をかけたらいざ言えず、直接言おうと思って追いかけたらやっぱり言えず、気づけば1ヶ月も繰り返してしまいました!!!」
「なるほど…」
彼が危ないストーカーではないと確信したさくまさん達が現れ、うんうんと頷いている。
「恋は盲目と言いますからね。なまえちゃんへの迷惑が見えなかったんですねぇ」
「…けどこれで諦められます。なまえちゃんにはこんなにかっこいい彼氏さんがいたなんて知らなかったから」
「中原くん」
ペコリと頭を下げて立ち去ろうとした彼をなまえさんが呼び止める。
「明日のゼミは来るよね?」
「えっ…」
「私達の発表だから。休んじゃやだよ」
にっこりと微笑んだなまえさんに彼は嬉しそうに頷いた。
「中原くんが私の事…全然気づかなかった」
彼の背中を見つめながら、ぽつりとなまえさんが呟いた。
「貴女は鈍いですから」
「そうみたいですね」
そうみたいなんじゃなくて、そうなんだよ。だって僕の気持ちに気づいていないじゃないか。
「今日はありがとうございました。お礼にカレー食べにいきましょう!」
「わー!カレーやぁ!!」
「気にしなくていいのに」
「いいんですよ。ベルゼブブさんも行きますよね?」
…まぁ、でも。
「もちろん」
今はいいか。
ストーカー調査
(時間はまだある)
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