ぎゅっと目を瞑って襲い掛かるであろう痛みに耐えようとした。
「なまえっ」
微かに聞こえた声と、身体がドンッと壁に当たった。しかし不思議と痛くない。
船内はみんなの悲鳴で溢れていた。
「大丈夫か…?」
耳元で聞こえた声。ゆっくりと目を開けて顔を動かすとそこにはキッドがいた。
「どこか怪我はしてないか?」
「う、うん。大丈夫」
「よかった」
キッドは心底安心したみたいで深く息を吐いた。それと共に自動制御が働いてすぐさま船体が平行に戻る。
落ち着いてから毛利さんが立ち上がった。
「おい、みんな。大丈夫か?」
「はい、なんとか」
「ちょっとビックリしただけだ」
よかった。どうやらみんなにも怪我はないみたいだ。
「奴らはどうした?」
「犯人の2人ならそこに…」
鈴木次郎吉の言葉にみんなが私達を見る。そしてようやくキッドの存在に気付いた。
「いやー、驚きました。様子を見に来たらいきなり床が傾くんですから。それになまえ嬢も危ない目にあっていて、思わず飛び出してしまいました」
みんなにバレないようにキッドは腕の力を強めた。
「なまえちゃん!大丈夫か!!?」
心配そうに私を見るおじさまに笑って頷いた。
「キッド様!」
「コナンくんは!!?」
キッドは私から離れ、園子と蘭ちゃんに近付いていく。そしてしゃがんで縄をほどき初めた。
「あのボウヤなら無事ですよ。もうじきここに来るでしょう」
間近のキッドに園子はうっとりと眺めている。
…それが嫌だと思ってしまう自分が嫌だ。
「じゃあ、みなさんのロープもほどいてやって下さい」
どうやらキッドは蘭ちゃんの縄だけをほどいたみたいだ。
「あー!キッド様っ、あたしもー!!!」
だがキッドはそれを無視しておじさまの横を通りすぎようとした。
「待てっ!キッド!このやろう!!!」
「もちろん警部のロープは最後でよろしく」
それを聞いたおじさまは縄を外そうとするが、それも叶わなかった。
キッドは石本さんが抱えているバッグを漁り、そこからビッグジュエルを取り出す。
「ではみなさん。お約束通り、お宝は頂いて参ります。それからなまえ嬢も」
「えっ?」
腰に手を回され、ついてくるように促される。まさかこうされるとは思っていなかったので、私は大人しくキッドに従う事にした。
「待て!逃げるなキッド!それになまえちゃんを離せ!」
「おのれこそ泥め!」
「怪盗ですよ」
なぁ?と耳元で言われ、私は曖昧に笑うしかなかった。
*****
キッドに連れてこられたのはスカイデッキ。ビッグジュエルが保管されてあった場所だ。腰にあった手は今では私の手を握っている。
「ねぇ、どうしたの?」
「いいから」
ステージの上まで手を引かれたかと思うと、キッドは手を離してビッグジュエルを月に当ててみせた。
「透けるわけねぇか」
「え…?」
上手く聞き取れなくて聞き返したのだが、彼は笑って誤魔化した。
「なまえ、手を出せ」
「手?」
言われるままに左手を差し出す。すると薬指にビッグジュエルがはめられた。
「ほら、言ってただろ?“こんな宝石で着飾ったらきっとお姫様になれるだろうな”って」
「聞いてたの?」
「聞こえたんだ」
キッドはきゅっと私の手を握り締める。
「けどな、こんな宝石が無くったってお前は俺の大切なお姫様だよ。なまえの前ではどんな宝石だってくすんで見える」
「相変わらずキザね」
「本当だぜ?それぐらいなまえは眩しいって事」
ゆっくりとキッドの顔が近付いてくる。私はそれに合わせて目を閉じた。彼の唇が触れる、そう思ったのと同時にピンポーンとエレベーターが到着した音が聞こえた。私は慌てて身体を離し、そちらを見た。
「なまえ姉ちゃん!」
「コ、コナンくん!!?」
他にも園子と蘭ちゃんがいて、私は誤魔化すように笑った。
「キッド!!!てめぇ!!!」
「え、なんであんなに怒ってるの?」
駆け寄ってくるコナンくんに私はハテナを浮かべる。
「ま、待ってコナンくん!」
蘭ちゃんも何故か慌ててコナンくんを引き留めた。