「キッドは…その……し、新一なのよ」

「………はっ?」

蘭ちゃんの声に走っていたコナンくんが止まって間抜けな声をあげた。

そっか、蘭ちゃんはまだキッドが新一くんだと思ってるんだ。

「な、何言ってるの蘭姉ちゃん!」

「だって…」

彼女はちらりとキッドを見る。当の本人は『あちゃー』と顔をしかめていた。

「…誤解を解かないからよ」

「工藤のままが動きやすいと思ったんだよ」

小さく話す私達の声は2人には聞こえていない。

「新一兄ちゃんは事件で全国を飛び回ってるんだよ!!?しかも何度もキッドと戦った事があるって言ってたよ!!!」

「そうですよ、蘭ちゃん。名探偵である新一くんが泥棒である怪盗キッドなわけありません」

「で、でも…」

まだ疑っている蘭ちゃんを見ながら、私はキッドに肘打ちした。

なんとかしなさいよ、という意味を込めて。

「…そう、私は探偵ではなく泥棒」

不意にキッドの手が腰に回された。私は抵抗する間もなく頬に口付けをされる。

「なまえ嬢の心を盗みに来た、ね」

唇が当たった所が燃えるように熱い。

キッドの時はなんでこんなにキザ紳士なのだろうか。

「キッド!!!」

何故かコナンくんは顔を赤くして怒っている。蘭ちゃんは蘭ちゃんでポーッと羨ましげにこちらを見ていた。

「また後でな」

キッドは耳元でそう告げたかと思うと、ワイヤー銃を取り出して天井に向かって撃った。それはきれいに巻き付き、彼はコナンくんに向けて手を振った。その身体はふわりと浮き、ハングライダーで星空の彼方へと飛び去っていった。

「なまえちゃんってキッドの好きな人だったのね」

「えっ!!?あ、それは…」

「でもなまえお姉ちゃんは大っ嫌いだよね!!?」

何やらコナンくんの表情が怖い。にっこりと微笑んでいるのに目が笑っていないから。

「う、うん…?」

「あー!なまえお姉ちゃんの手にレディースカイがある!!!蘭姉ちゃん、これ次郎吉さんに返しておいて!」

わざとらしく声をあげたかと思うと、コナンくんはレディースカイを取り上げて蘭ちゃんに差し出した。

「あ、じゃあ今行ってくるね」

蘭ちゃんはレディースカイを受け取り、私達に小さく手を振って戻っていった。

「………なまえ」

「な、なに?」

彼女がいなくなったのを確認してから、コナンくんは低めの声で私を呼んだ。

「俺、負けねぇから」

「何が…?」

「キッドにだ」

コナンくんの言ってる事がいまいち分からなくて首をかしげるが、彼はそれ以上言おうとはしなかった。

「…戻るぞ」

「う、うん」

手を取られ、私は引っ張られるようにしてスカイデッキを後にした。

とりあえず、長かった1日がやっと終わる。

そう思ったら疲れがどっと出てしまった。




*****




色々あった飛行船は無事、大阪に到着した。

「でも、本当にいいの?」

園子が首をかしげて私を見つめる。

「遠慮なんてしなくていいんだからね?」

「遠慮ではありませんよ。私もたまには祖父のホテルに顔を出さなければいけませんから」

園子達は鈴木財閥が所有しているホテルへ、私は祖父が所有しているホテルへ泊まることになっている。

「えー!!!なまえお姉ちゃん一緒じゃないのー!!?」

会話を聞いていた歩美ちゃんが不満そうに声をあげた。それに続いて光彦くんと元太くんも口を開く。

「てっきり一緒だと思っていたのですが…」

「トランプの続きはどうすんだよ!」

「ごめんなさい。また後でやりましょうね」

彼らの頭を優しく撫で、園子達へ顔を向けた。

「明後日の観光は是非ご一緒させて下さい」

「もちろんよ。10時に迎えに行くから準備しておいてね」

はい、と言いながら微笑む。そして視線をコナンくんに移した。なんだか彼は深刻そうな表情をしている。

「コナンくん?」

「……………」

「どうしたの?コナンくん」

蘭ちゃんも不思議がって彼を覗き込んだ。

「あ、ううん。なんでもない」

嘘っぽい笑顔を浮かべて顔を振るコナンくんに視線を合わせるようにしゃがんだ。

「コナンくん」

「なーに?なまえ姉ちゃん」

そっと手を彼の頭に乗せ、ポンポンと軽く叩いた。

「ありがとう」

小さく呟いた声。普段の私の口調でそう言えば、コナンくんは目を細めて笑った。









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