──演者の喪失





 『匠がいなくなったの』


意識がはっきりしてすぐに知った事実は、突然の兄の失踪だった。



  * * * * * * * *



やっと意識が安定し、意志疎通ができるようになった頃、咲夜は司に匠の失踪を告げた。

匠の消息が途絶えたのはこの時から十日ほど前のこと。
最後に確認されているのは、司が突如錯乱し、その処置の為に来た看護師が見た匠の姿。
久々に司の意識がはっきりした日、それが最後。
それからの匠の足取りは掴めていない。
最近また通いだした高校にも、親交のあった友人の元にも、たまに放課後現われていた街並にも匠の姿はなかった。
勿論誰の元にも連絡などない。
後に分かったことだが、携帯電話は本人の姿が確認された直後に電源が切られたかもしくは壊れたのか、以後使われた形跡は一切なかった。

おそらく兆候らしい兆候を見て取れたのは最後に会った司になる。
しかし司に心当たりなどなかった。

それを聞いた瞬間、何を言われたのか理解ができなかった。
頭に言葉が入ってきてもそれが何なのか追い付かない。



咲夜は微動だにしない司を見て眉間に皺を寄せた。

咲夜も言いたくなかったのだろう。
ただでさえ肉体的にも精神的にも衰弱しきった弟に、一度ならず二度までも家族の不義を告げなければならない事実に加え、彼女自身隠しきれるほど気力がない現状は辛いの一言では言い表わせない。

理由が分からない。
居場所が判らない。
咲夜は探したくても思い通りに動けない自分が心底情けなく、また悲しかった。


『どうしたんだろうね、匠』


ぽつりと呟いた咲夜は儚く脆い陶器人形のように頼りなかった。




  * * * * * * * *



晩夏も過ぎ、日差しが柔らかになって外も肌寒くなってきた。
季節はそろそろ晩秋といったところ。
司はもう病院にはいなかった。

夏に切り揃えた髪の毛は幾分伸び、秋風にさらさらとなびく。
袖を通していた寒色系の半袖も暖色系の長袖に変わっている。
この時既に退院していた司だが、相変わらず『彼ら』は所構わずはっきりと常人のように視え、時折縫合した胸の傷が微かに疼く。

退院後、司は咲夜の部下である唐木に世話になることになった。
咲夜は仕事に加え事後処理で家を空けることが増え、一人残される司は比較的誰か人が在宅する唐木宅へ預けられたのだ。
だがそこに匠はいなかった。


夏が過ぎ、秋になっても匠の声を聞くことはなかった。
秋も終わり、肌寒い初冬に季節が変わっても匠の気配を感じることはなかった。
冬が去り、花も華やぐ春の装いを感じても匠が司の元に帰ってくることはなかった。

その年は唐木の元で年を越した。
匠の姿を見ないまま。



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