蝶 の 舌
A lingua das bolboretas
胡 蝶 ノ 箱 庭 ― 四



 だれがこまどり

   ころしたの?





胡  
蝶 
ノ  
箱  
庭 

四 







相沢の一件が済むと、まだ残る隊史を幾分落ち着いた瞬弥が指示を与えて四方へ散らせる。
粗方の検分を済ませた副長の遺体は隊史が手際良く運んでいく。
その行き先を少しばかり目で追い、二呼吸ほどの間見送ってから反対側へと歩き出した。


もう既に事が発覚してから一刻は優に過ぎている。
館内の隊史は全容は把握出来ていなくとも端的に事の次第は理解しているだろう。

歪で、不確か。

それが今の白鶯館に漂う空気。
この雰囲気が物語っている。

水面下で混乱が渦巻き動揺が波紋を広げる空気を縫って目的地を目指す。

行き先は、史長室。




「失礼します」


ノックもそこそこに、不躾は承知で相手の承諾を聞く前に扉を押し開いた。
奥に鎮座する重厚な机を隔てて頼光史長が座っている。
だが、史長一人が在室しているものだと思っていたらどうやら先客がいたらしい。


「木津宮中佐、入室は許可を得てからにして下さい」


先刻会ったばかりの椿さんが当たり前のように立っていた。


「あ、……すみません」


椿さんの存在に驚きながらあまりにいつも通り過ぎて一瞬間が空いた。
気にしなくていいぞ、と史長の朗らかな声が響く。

さっきまで非常事態に直面していたのに、扉を開ければそこは日常と見紛うばかりの場景。
思わずここに到った理由を忘れてしまいそうだった。


「燎介、何かあったか?」


僅かばかりの現実逃避を引き戻したのは史長の問い掛け。
慌てて再び口を開いた。


「あの、今朝方発見された副「木津宮中佐」


遮るように名前を読んだのは椿さんだった。
何事かと判じる前に椿さんは言葉を重ねる。


「その案件に関しては私が預かります。先程お話していた案件ですから私が扱っても問題はないかと。宜しいですか、史長」

「例の奏浜(かなはま)の一件か?それなら構わないが」

「では本日付で手続きを。
木津宮中佐、貴方の方が奏浜の地には明るいでしょうからご協力お願いします。
史長、私は木津宮中佐と話がありますのでこれで」


口を挟む間もなく椿さんは言い切ると踵を返してこちらへ向かう。
訳が分からず目が合えばその紫紺の瞳は退室を促していた。
一言でも余計な口を利けば次の二言目はないと暗に告げる視線に従うしかない。

釈然としないまま、しかし抗う術も理由も見つからず形ばかりに会釈して横切る背に倣う。


「ああ、そうだ」


背後から上がった呟きに振り返れば史長の柔らかな笑顔。


「紅を見かけたら伝えてくれ。『朝飯食ってから来い』って」


あいつ十中八九食わずに俺の所に来るからなぁ、と笑うその人は本当にいつも通りだった。

副長が死んだにも関わらず。






「椿輔佐、一つ伺ってもよろしいでしょうか」


史長室を出て直ぐ、廊下に人の気配がないのを確認してから問い掛ける。
オレの一歩先で急くように歩いていた椿さんは「何でしょう」と言って振り返った。


「史長は副長の件をご存じですよね?」

「ええ」

「では、何故先程あのような……」


椿さんは至極当然とばかりに肯定したが、副長の死をはっきりと言うことは憚られた。
事実であるが明確な言葉にするにはまだ気持ちの整理がつかない。

それでもあの史長の様子はおかしい。
副長が死んであの人は平常でいられるだろうか。
寧ろさっきは平静すぎて違和感が拭えない。

思わず視線が下を向く。
そんなオレの様子をただ無表情に見つめる椿さんが視界の端に映る。


「確かに史長は今朝の事態をご存じです。既に遺体もご自分で検(あらた)めています。
ですが、その事実を“認めて”はいません」


認めていない?

徐に上げた視線がかっちりと椿さんの紫紺の眼と絡んだ。


「今、あの人の中では夕美君はただ“目の前にいない”だけなんです。
まだ朝食もとらず業務に明け暮れているとばかり思っている。いつものように」


「あの人に夕美君の事を言っても意味がありません。すべて何事もなかったように、先程の問答を繰り返すだけです」



「だから、言っても無駄ですよ」



突き放すように選ばれた言葉とは裏腹に、不意に逸らされた眼は確かに憐憫(れんびん)の情で揺れていた。




壊れてしまったのだ。

そう思った。




 (日常が?あの人が?)




【続】


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