十五、【霞明け 二】 







「先ず何から伺いましょうか」


所変わって執務室。
紅に従いそこに入った椿は開口一番、その威圧的な第一声で部屋の主である紅に問うた。


「先に座んなよ、琴さん。どうせ長話しになるんだ、立ってても仕方ないだろ」


対する紅は来客用の黒革の長椅子を指して座るよう促し、自分も通常仕事で使う回転椅子ではなくその長椅子に腰掛ける。
それに倣って椿も紅と対面するよう座った。

確かにこの二人が仕事関係で揃えば否応なく話は長くなる。
それは立場上致し方ない。
紅は洛叉監史副史長、椿は史長輔佐官、どちらも洛叉監史内で史長に継ぐ地位を持つ。
史長代行が可能なのは副長の紅であり対外的には紅が若干高位になるが、互いに階級は大佐であり、史長を補佐する役であることに変わりはないので実際に大差はない。
加えて象徴的な面のある史長に対し、この二人は実質的な執務を行なうことが多い。
作戦立案、情報処理、財政管理、外部との交渉、より深く水面下で動くのは二人だ。
当然積もる話も追われる仕事も山ほど存在する。


「お互い気の長い質ではないですから単刀直入に言いましょう。
円鵠楼の件で貴方が追跡し損ねた人物は宗璃王ですか?」


次に来たのは直球。
状況説明も弁解も望まずに椿は言い放つ。


「── ああ、そうだ」

「単独で追跡したそうですが」

「援護を待つ余裕なんてなかった」

「その前に車から飛び出したと日野大佐から伺ってますよ」


次々と責め立てるように言葉を並べる椿に、紅はあまり感情を出していなかった顔を不機嫌に歪ませた。


「説教なら勘弁願いたい。逃がしちまったもんは逃がしちまったんだからな」

「説教ではありませんよ。状況確認です。それに聞きたいのはそこではないですから」


その他人が縮み上がるような不機嫌さえ切り捨てて椿は更に問う。


「宗璃王と目される人物の身体的特徴、及び貴方が接触して知り得た情報を報告して下さい。
報告書にそのことは詳しく記載されていませんでしたから」


紅は不審者の一人と接触したとしか報告していなかった。
受けた傷が思いの外酷く報告し損ねたのもあるが、真意はまた別にあった。


「── 年齢二十代半ばから後半、性別・男、身長百八十糎(センチ)前後、やや細身で、首にかかるくらいの長さの黒髪、顔の左半分を包帯で覆い、顔立ちは瑞穂か倶加舘(くがたち)の漢州系、服装は黒の羽織に紅に黒と黄金の蝶をあしらった着流し」


一呼吸置いて眼を閉じると紅は一気に記憶を辿り言葉に起こし始めた。
椿は持っていた書類を確認しながら耳を傾ける。


「基本的な特徴は以前報告を受けたものと合致しますね。
他には?所持品や仕草、口調、何か気付いたことは」

「特に訛りや抑揚に特徴的な面はなかったな。聞きやすい方だったと思う。
所持品は己が見たのは小刀くらいだな」

「貴方、それでざっくり腹かっ捌かれたんですか」

「捌かれちゃいないが斬られた」


この時初めて椿の顔が意外だとばかりに驚きの色を呈した。
隊内でも指折りの剣士である紅に小刀で傷を負わせたのだからそれも当然だろう。


「小刀の刃渡りは分かりますか?それから、装飾。凡そで構いませんから」

「脇差しより短かったな。装飾は──」


そこで一旦紅の言葉が止まった。
額に手を置き、思い起こそうと深く思考の海に入る。
客観的に思い出せばあの隻眼は自分に向かない。
あの影は来ない。
気を静め、記憶を掘り起こす。


夜須千代を振り下ろす己が手

受けとめる刀と握る白い手

咄嗟に払う夜須千代の切っ先

それを避け一線を引くように薙ぐ刃先

その刀は ──




「螺鈿(らでん)だ」


その言葉と同時に紅は眼を見開いた。


「柄の部分。多分そんな装飾があったと思う。それから刃の部分にも彫り物らしきものがあった」

「……実践というより祭儀用の面があるように見受けられますね。
どうやら特徴的な武器のようですし、その線でも調査しましょう」


椿は手持ちの書類に万年筆で数点書き込むと真っすぐ紅を見据えた。


「……勿論これだけではないですよね?」

「そうじゃなかったら自分で報告書書いて提出してるよ」


今まで額に置いていた手を払い腕を組んで紅は椿を睨むように見返した。
そしてその言葉を発した。


「右の眼、 紅だった」


その一言で椿の眉間に皺が深く刻まれた。
以前から報告の中に紛れていたそれは、予想できることだったが出来るならば聞きたくない事実だった。


「……はぁ。
また厄介なことになりましたね。予想できる範囲でしたが、これが事実ならば迂闊に情報提供を求める訳にもいかない」


椿が深い溜め息を吐く。
紅はそれを同じく難しい面持ちで見つめていた。


何故、紅い瞳であってはならないのか。
それはその瞳が一部の人間しか持ち得ない、いや、持ってはならないものからだ。
瑞穂国で血のように赤い眼を持つのはその血族だけとされている。
彼らが持つ緋の眼はその尊い存在故に緋瓊眼(ひけいがん)と呼び表わす。
そして緋瓊眼を有するのは、


この国を統べる現人神(あらひとかみ)の一族、つまり帝の直系。

それが紅に報告させることを思い止まらせたものの正体。
噂とて危険極まりないものをましてや紅のような上に立つ者が無闇に発言する訳にはいかない。

宗璃王の独眼は本来あってはならない事実を示していた。


【続】
 

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