「せめて目の前で落ちるものがあるなら拾ってやりてェのさ」

轟音とともに高く上がる水しぶき。
海へ沈む船を眺めながら少年は決意する。

鈍く光る(おとこ)の魂。
今しばらく(かたわ)らでその光を眺めてみようと。


麟子
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警察に呼び出され、待つこと数十分。
窓の外へ目を向けると、ここへ来たときには橙色に染まっていたはずの空がすっかり暗くなっていた。

「よぉ」

早く帰りたい。そんなことを考えていると、廊下の向こうからやっと待ち人が現れる。
ガシガシッと頭を()いて大きな欠伸をひとつ。
締まりのないその表情に思わず名前は苦笑いしてしまった。

「公務執行妨害ならびに強盗、器物破損…とうとう銀時も犯罪者の仲間入りね」
「誰が犯罪者だ。こっちは犯罪者逮捕に協力してやったんだっつの」

クスクスと笑い続ける名前にうんざりしたように大きく息を吐く銀時。
疲れきったその姿だけで取り調べでの様子が容易に想像できる。

警察から銀時の身元引受人として迎えに来て欲しいと連絡が入ったのは一時間ほど前だった。
詳しい話は署のほうで、と言われたときには流石の名前も慌てたものだ。
だが、いざ詳しい話を聞けばなんてことはない。実に『彼らしい』事件内容だった。

「あー…悪かったな、仕事中に」

身元引受書を記入して二人で警察署を出る。
不意に隣を歩いていた銀時の足が止まったかと思い振り向けば、彼は視線を()らしながら謝罪の言葉を口にした。
自然と()を描く名前の口元。

「大丈夫、丁度終わったところだったから」名前がそういえば、銀時は安心したように眉を下げた。
彼の方が自分より年上なはずなのに、子供のようなその表情にどちらが年上なのか(たま)にわからなくなる。

「ん」

預けられていたスクーターを受け取り、(おもむろ)にひとつしかないヘルメットを名前へ差し出した銀時。
警察署を前に堂々と交通違反をするつもりらしい。
差し出されたヘルメットの意図がわかりそれを指摘すると、「頭かてーから大丈夫」と悪びれたようすもなく返された。

「はぁ…スーパーに寄って。この時間はお惣菜が安いから」
「おう」

また言ったところで押し問答になるに決まっている。
説教を諦め銀時からヘルメットを受け取った名前は、それを被り銀時の後ろに乗った。

「明日から新しいバイトが来っから」

走りはじめてからしばらく。スクーターのエンジン音にかき消されないよう声を張り、名前へ向けてそう叫ぶ銀時。
前を向いた顔はそのままに、スピードを落とす様子もない彼に名前も同じく声を張り言葉を返す。

「もうバイトは雇わないんじゃなかったの?」

『万事屋銀ちゃん』。
オーナーである銀時以外に従業員のいない何でも屋。
従業員を雇っていた時期もあったが、色々あって皆辞めてしまった。
以降、彼が従業員を雇うことはなかったし、彼も一人の方が色々楽だといっていた。
それをなんで今更。

「色々あったんだよ」

彼のいう『色々』を名前は詳しく知らない。教えてもらえない、といったほうが正しいだろう。
ここからは入ってくるな。
そうやって二人の間に引かれる境界線。

『あの日』から、彼は自分に深く関わることを避けているのだ。

「ふーん…」

また彼の『色々』を知らなくなっていく。自分の知らない銀時が増えていく。
それが悲しくないといえば嘘だ。
けれど自分には境界線を超える勇気もない。


結局、名前は『知らない彼』を受け入れ口を(つぐ)むしかなかった。


「――…まぁ、あんま心配すんなよ」
「えっ?」

いつの間にか走りを止めたスクーターに(うつむ)いていた顔を上げる名前。
どうやら目的地であるスーパーに到着していたらしい。
エンジンを切りスクーターを降りようとする銀時に、直前まで上の空だった名前は聞き逃してしまった彼の言葉をもう一度聞くために慌てて聞き返す。

「こっちはこっちで上手くやるさ」

しかし返ってきたのは思いもよらない言葉と行動。
被っていたヘルメットを無理矢理取り上げられたかと思えば、その流れでポンポンと頭を撫でられた。
名前の瞳に独特な笑みを浮かべる銀時が映る。

「――なら、ちゃんと家賃払いなさい。また滞納してるんだって?」

締まりのないその笑顔に諦めとも呆れともとれる苦笑い。
大きく息を吐いた名前はあらためて銀時を見上げた。
まったく。人の気も知らないで…。

「げっ! なんでそれを…っ!!」
「今朝、お登勢さんが取立てに来たよ」
「あのババァ、名前が家にいるときは来んなってあれほど…」

文句をいいながらもスクーターを駐車する銀時の背中を見て、また苦笑いしてしまう名前。
引き離したいのか、そうでないのか。よくわからない。
もしかしたら両方なのかもしれない。
そうならなんて面倒な男だろう。

そんな面倒な男の傍らに、好き好んで離れない自分も相当に面倒な女だ。

「どーしたぁ? 早く行かねぇと見切り品なくなっちまうぞー」

その場から動こうとしない名前に振り返った銀時の目が合う。
死んだ魚のような気の抜けた目。
けれど、その赤い瞳を見るととても安心する。
彼の瞳は昔となにも変わらない。それがとても嬉しかった。



「ついでにデザートも買おっか。おごってあげる」
「マジでかっ?!」

嬉しそうに表情を輝かせた銀時に、名前は満面の笑みを浮かべて頷いた。


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